590 / 611
第586話
「しんどいわけじゃねぇなら良いけどよ、湊がこんな所にいるなんて珍しいな」
ようやくサクラとの戯れを終えたのだろう、ニコニコと楽しそうなサクラを抱きながら由弦が首を傾げる。それにチクリと何かが刺さったような、小さな痛みを覚えた。
「ん~? まぁ、ちょっとね」
嘘をついても良かったが、完全なる嘘はどこかで綻びが生じ、いずれ嘘だとバレてしまう。だから湊はいつものように微笑んで応えを誤魔化した。
目の前の美しい青年はそのタドタドしさに何かを感じ取ったのか、それ以上追及することなく湊に手を差し出す。その優しさを受け取るように、湊はその手をとって立ち上がった。
「それより皆は? 買い物って聞こえたけど」
話を逸らそうとするには強引すぎたかと、湊は自分の発言に胸の内で小さくため息をついたが、雪也は相変わらず知らぬふりをしてくれるらしい。由弦の腕に抱かれながらチョイチョイと足を伸ばしてちょっかいをかけているサクラにふわりと微笑み、その頭を撫でながら口を開く。
「夕食の材料が少し足りなくて。せっかくだから保存できる食材も一緒に買ってしまったら後々の為になるかと皆で買い出しに。そうしたら機嫌よく歩いていたサクラが急に走り出して、慌てて追いかけてきたら湊がいた」
なるほど、と湊もサクラの頭を撫でてやれば、エッヘンといわんばかりの得意顔でサクラが笑った。その笑顔に湊も思わず笑みを浮かべる。
ともだちにシェアしよう!