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第596話
永遠とも思える、一瞬の後。シュルリと再び衣擦れの音が耳に響いて、弥生は深く頭を垂れる。その音はすぐ近くで止まり、そっと肩に触れた。促されるまま顔を上げれば、高座ではなく目の前に帝が片膝をつき弥生を見つめている。
「これを持って行くがよい。これでどれほど事が納まるかはわからぬが、〝尊皇〟を掲げているのならば無視はできまい」
そう言って差し出されたのは、帝の直筆で書かれた勅書と、帝のものであると示す鶴と牡丹の描かれた紋が刺繍された絹の包みだった。
それは帝の最大の譲歩であり、慈悲であった。クシャリと涙が流れそうになるのを必死に堪え、弥生はそれらを恭しく受け取ると、そのまま深く深く頭を垂れた。
「ありがたく……ッ」
きっと己が命を、否、それ以上に大切なものを背負い、弥生は決死の思いでここまでやってきたのであろうことが、その泣きそうな声音を聞けば充分すぎるほどに理解できた。
どれほど名家の生まれであろうと、凛として立っていようと、その肩に負うには重すぎただろうに。
「武運を祈ろう」
無事に生きて、再び相まみえることができるように。そう願いを込めて、帝は幼き日を共に過ごした友の肩をポンポンと優しく撫でた。
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