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第629話 ※

 おそらく彼らは庵に住むすべての者を葬る気だろう。この庵に運び込まれた者もいる以上、周や由弦の存在を隠し通すことなど不可能であることは雪也も理解しているが、それでも、気を逸らすことはできる。  人を肉塊に変える刃を握り、生きている者を切ろうとしている。この極度の興奮状態ならば、頭の中にある存在を消すこともできるだろう。  多少は紫呉に鍛えられている雪也であるが、常に刀を振るう武人ではない。この大勢を一人で退けようと思えば、それこそ命を懸けなければならないだろう。だが、雪也は倒れるわけにはいかない。庵に一人たりとも近づけさせてはいけない。庵には、戦う術を持たない周がいるのだ。それに、どうにも嫌な予感がする。 (由弦はどこに……)  彼らが庵の中に由弦もいるのだと勘違いしていれば、由弦の身は安全であろうが、そう考えれば考えるほど胸騒ぎがした。急くように刃を振るえば、避けきることのできなかった刃が腕や頬を斬りつけ、白い肌に真っ赤な線が浮かび上がる。  キン――ッ、と甲高い音が鳴り響いて、雪也は振り下ろされた刃を受け止めた。力と力が拮抗し、ガチャガチャと刀がうるさく鳴る。 「惜しいものだ。春風などではなく、その力を持って我々の仲間となっていれば、今この時に命を散らすことも無かっただろうに」  グッ、とさらに力を込めて押してくる男は本当に心の底から雪也を惜しみ、哀れんでいるのだろう。それがおかしくておかしくて、雪也はたまらずクスリと笑った。

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