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第30話

 子供たちが無邪気にはしゃぎ、大人たちも陽気に笑い、温かく、楽しい、理想的な春節の光景に思われた。 「こちらの、白身魚の餡かけも絶品ですね」 「魚がお嫌いではないなら、こちらの蒸し物もどうぞ」  渾身の手料理を褒められて悪い気がしない包教授も相好を崩し、機嫌よくさらにと勧めると申軒撰も遠慮なく箸を運ぶ。  こんな絵に描いたような平和な様子を願う、優しい天使の心を持つ者といえば、唐煜瑾しかいない、と文維は確信している。  子供の頃から、年末年始の楽しい時季に両親から取り残されることが多かった申玄紀に同情し、玄紀の愛らしい姿を知らない申軒撰にも同情し、2人が仲良く過ごせる夢を見て欲しいという思いやりを持つ者も、煜瑾以外に考えられない。  この夢自体は、煜瑾が意図して作り上げたものでは無いとしても、あらゆるところに煜瑾らしい優しさと慈愛が溢れていると文維は感じるのだ。  だが、そこに「何か」が邪魔をしている。  邪魔をしている「招かれざる客」が、文維にはどうしても分からないのだ。その「招かれざる客」を特定しない限り、この夢の世界からは逃れられないのだと思う。 「文維おにいちゃま~」  仲良しの小敏と一緒に走り回っていた煜瑾が、真剣な顔をして文維の元に駆けてきた。 「どうしました、煜瑾?」 「おとうしゃまが、今から私たちにタンフールーを作ってくだしゃるのでしゅよ!」  それが、さも一大事とでもいうような、稚い煜瑾に文維は笑った。 「じゃあ急いでお手伝いにいかなければ!」 「うれし~でしゅ~」  文維がそう言うと、煜瑾は身を震わせるようにして喜びを表現している。 「あのね、煜瑾はイチゴのタンフールーがいいのでしゅ」 「イチゴの他にもあるのですか?」 「はい!おとうしゃまはバナナとパインもありましゅって」  嬉しそうな煜瑾を、文維は抱き上げた。軽くて、柔らかくて、子供らしい、どこか甘い香りがする。 (煜瑾…)  これが、最愛の唐煜瑾の幼少期の姿だというのはよく分かっている。愛らしいとも、愛しいとも思う。  だが文維には、この世界に来てから、少し切なく感じる時があった。幼い煜瑾は、誰よりも文維を慕ってくれている。けれど、それは大人の煜瑾が文維に寄り添ってくれるような「愛」とは違うのだ。  文維は、自分が、本当は大人の煜瑾にも愛されていないのではないか、と少し不安になる。ただ傍にいて庇護するだけの男だと思われているのではないかと、考えてしまうのだった。 「文維おにいちゃまは?タンフールー、何を召し上がりましゅか?」  文維が煜瑾と一緒に、包教授と小敏が笑っているキッチンへ向かおうとした時、ふと申親子の方を見た。  玄紀は、ギュッと父である申軒撰にしがみ付きながら、グズグズしている。お腹が膨れて、もう眠いのだろう、と文維にも分かる。 「パパ~。玄紀~、パパ、だいしゅき~」 「はいはい。ありがとう。パパも玄紀が大好きだよ」  あの冷徹なビジネスマンである申軒撰とは思えないセリフだと、文維は思うが、それでもせめて夢の中くらいは幸せな親子であってもいいと、文維は笑って背を向けた。 「さあ、玄紀ちゃんはもう眠いのでしょう?あちらにお昼寝の用意をしましたよ」  子育てに抜かりの無い恭安楽が、文維の部屋から出てきてそう言った。 「いえ、もう帰ります。家で寝かせてますので。うちも夜の食事の支度がありますから」  申軒撰がそう答えた時、文維はハッとして足を止めた。 (家?…申家の屋敷…?)  確か、今朝買い物に行く前に文維が電話を掛けた時、大人の申玄紀が答えたのだ。今日は実家へ両親に会いに行くのだ、と。  文維は怪訝な思いで、小さく、あどけない玄紀を見た。 (本物の玄紀と、「招かれざる客」である玄紀が、申家の屋敷で鉢合わせ…ということも有り得るのか?)

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