キッチンでは、小敏が勝手知ったるという様子で、冷蔵庫から材料を取り出していた。 「煜瑾、京醤肉絲(ジンジャンロースー)は好きだろう？」 　持参したマイ中華包丁で、牛肉を細切りにしながら包教授が言った。 「はい、大好きです…。でも、どうしてお分かりに？」 　純朴な煜瑾の質問に、今度は小敏が笑って答えた。 「叔母さまのお菓子が好きな子は、みんな甘辛い京醤が好きだから、でしょ？」 「ははは、そうだね」 　家族らしい、他愛のないやりとりだった。けれど煜瑾は、自分もまたこの家族の一員なのだと感じられた。 「さあ、煜瑾、見ていなさい。こうして肉を切ったら、容器に移して、玉子とこれらの調味料を加え…」 「はい」 　包教授の説明を何一つ聞き落すまいという真剣な態度で、煜瑾は調理法を学んでいる。 　唐家の王子で居続けたなら、こんなことを知る必要はなかったのに、煜瑾はそれを選ばなかった。 （愛って、偉大だね） 　キリリとした表情で誠実に教えを乞う煜瑾の端麗な横顔を、小敏は改めて心の中で賛美し、笑顔を浮かべた。 　包教授と煜瑾が京醤肉絲を炒めている間に、小敏も手慣れた様子で添え物のキュウリやニンジンを刻んでいく。 　煜瑾は包教授の指示を受けて、今度は麺を茹で始める。 　3人の協力で、包伯言風の炸酱麺(ジャージャンめん)が出来上がった。その出来栄えに、煜瑾も嬉しそうにしている。 「どう、煜瑾？次からは叔父さま無しでも作れる？」 　小敏に聞かれ、煜瑾はちょっと恥ずかしそうに答えた。 「おとうさまのお味には到底及ばないとは思いますが、作り方は覚えました。今度、1人でやってみます」 「文維に味見をさせるといい。私の味を覚えていると思うからね」 「はい」 　こうして同じ味を共有し、習慣を共有し、家族になっていくのだと煜瑾は思った。その相手が包文維で、彼を取り巻く家族の一員に慣れたことに、煜瑾はこの上ない幸せを感じていた。 　炸酱麺の昼食を終えると、いよいよ家族総出の餃子作りが始まる。 「あ～、小敏、やめて下さい！」 「大丈夫だって～」 　乱暴に小麦粉をぶちまける小敏のせいで、粉が舞い上がり、煜瑾の髪は白くなってしまった。 「もう！」 「餃子を作ると、みんなこうなるんだってば！」 「嘘ばっかり！」 　はしゃぎながら、餃子を包む麺（皮）を担当する小敏と煜瑾を、包教授は温かい眼差しで見守りながら、中の餡を作っていた。 　文維と母である恭安楽は、キッチンの隣にある広いダイニングで、すでに包教授が作り置きしてあった年夜飯(年越し料理)の一部を、お皿に盛ったり、明日、唐家に持って行くようにタッパーウェアに詰めたりと、テキパキと作業を進めている。 「ねえ、文維？唐家で、お父さまの年夜飯を楽しみに待ってらっしゃる方って、どなたかしら？」 「さあ。煜瑾も心当たりがないって言っていましたから…」 　その答えに、恭安楽はクスクス笑った。 「お母さま？」 　訳知り顔の母が不思議で、文維は手を止めて母の顔を見つめた。 　そんな、まだまだ経験不足の息子が可愛らしく思えて、恭安楽はニッコリした。 「まあ、だいたい予想は出来ますけどね」 「え？どういう意味ですか、お母さま？」 　キョトンとする息子に、恭安楽は意味ありげにニヤリと笑う。 「お母さま？」 「うふふ…」 　若い娘のように肩を竦めて笑う母を、文維は怪訝そうに眺めた。 「さあ、みんな集まって！餃子を包むよ」 　その時、包教授が餃子の餡を持ってキッチンから現れた。その後ろには、ボウルに入った麺を抱えた小敏と煜瑾が続く。 「家族全員で、餃子を包みましょう！」