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別にバレたって構わなかった 昭信×深彩

「昭信、そこに」  家に帰ってきて早々、リビングにいた恋人——というか、同棲して今世の愛を誓っているほぼ嫁に、そう告げられた。おかえりも言わずにだ。こうして嫁もとい深彩(みいろ)が言う時は、たいてい底抜けに呆れて怒っている時だ。 「はい」  なので、素直に従ってリビングのカーペットの上に座った。冷たいフローリングの上を指さないあたりが深彩のわかりづらい優しさだ。  スラックスの窮屈さを感じながら、昭信は今朝までの我が身を振り返った。 (ゴミ出しはゴミ袋をかけるところまでやったか——ちゃんとかけたはずだ。ご飯は文句を言わずに食べたか——文句を言うようなこだわりもないし、深彩のご飯は文句もなく美味しい。深彩の話はちゃんと聞いているか——聞いているし一言一句余さず覚えている。思いやりのない行動をしていないか——覚えはない)  頭につらつら流しながら、深彩の顔色を伺った。眉間には皺がよっているが、怒っていると言うより困惑しているように見える。 「………」  迷っている様子で、口を開いたり閉じたりしているのを見ながら、昭信は、今日も深彩はかわいいな、と明後日なことを考えていた。  容色から冷たく捉えられがちだが、その中身は熱い。その情熱ゆえ、営業の時は「この冷静な白石さんがここまで言うのだから」と無意識に相手を絆してしまう。そして、少しでも深彩のその熱さに触れて仕舞えば、もっとその奥まで覗き込んでしまいたくなる。実際に、男女問わず同僚や上司、営業先に至るまで、深彩のファンは非常に多い。もちろん、恋や性愛の対象になることも。ただし、恋愛対象として意識させるのに成功したのは、今の所ただ一人、昭信だけなのだった。  深彩はしばらく惑う様子を見せた後、ハッと気づいたようにスマートフォンを手に取って何かを探し当てた。これだ、と薄く確信したように頷き、 「——これ、昭信だよね」 と、画面を見せる。  そこには『アキ』と言う名前のTwitterアカウントが表示されていた。 『アキ @Daisuki316suki  19XX年生/183cm87kg/男の嫁♂大好きアカウント/エロ垢』  驚くべきは、そのフォロワーの数だ。 『フォロワー 132371人』  十三万人。小さい市町村の人数ほどだ。そして、この決して長くない文章を書き、一人一人の拡散力がものをいうTwitterにおいては、十分過ぎるほど大きな数字だ。  昭信はあ〜となっていた。断定のような口ぶりの深彩の言葉を否定も肯定もせず、ただ少し、言葉を迷っていた。 「……だよね?」  黙る昭信に不安になったか、深彩は首を傾げて顔を覗き込む。微妙にしか表情は変化しないが、それを読み取れる昭信にとっては十分だ。口元が緩みそうになるのを抑えて、一応深彩に尋ねた。 「なんでそれが俺だと思ったんだ?」 「だって…」  深彩は目元を紅くした。内容をしっかり見ているようだ。さすがは営業のリサーチ力。微に入り細を穿つとは言わないが、きっちり初期から最近のツイートまで見ているようだ。  スマホの画面に指を滑らせ、『アキ』のホームを遡る。指を止め、昭信に写真付きのツイートを見せた。 「例えば…これは、僕の誕生日の日付で…このケーキには見覚えがある」 『今日は嫁の大事な日なので、ケーキを買って帰ります。二人だから小さめ。26歳、出会ってそろそろ10年くらい。』 「たしかに同じケーキだな」  生クリームが苦手で梨が大好きな深彩のために、フルーツタルトの店まで買いに行ったのは記憶に新しい。女性客が多く、困惑しながら必死に買い求めたものだ。 「……これ、この人のツイートによると限定のケーキらしいけど」  下にスクロールすると、『アキ』とフォロワーの会話が見える。『アキさん、よく買えましたね!さすがのお嫁愛です♡』『昼休憩早めにもらってダッシュしましたよ。個数的にギリギリかなと思ってたんですが、なんとか』。  深彩の声が一段低くなる。目尻が下がって、これで降参してほしい、と言っているようだ。しかし、昭信自身の名誉のため、ここで認めるわけにはいかない。昭信は胸を張った。 「限定ったって、店で何個も出してるんだろ。それは確か日に100個限定だった。それだけあれば、同じ日に買ってる偶然があってもおかしくないじゃないか?」  苦しい言い訳である。限定を手にいれ、さらにそれが嫁の誕生日で、26歳。全てが合致していると言うのに、これ以上何を言えばいいのか。 「………」  しかし深彩は、そのことは追求しなかった。スマホの画面をすっと切り替え、昭信に写真を見る。先ほどの『アキ』の過去のツイートのスクリーンショットのようだ。何枚かあるようで、下側の画像欄には同じような画面の写真が並んでいる。  昭信は淡々と、しかし楽しさが滲む声で読み上げた。 「『たまには嫁の好きなところでも呟こうかな。1個だけ。尻。後ろからだと小ぶりな尻が私のを飲み込むのがしっかり見えて良い。張りもあって、擦ると期待するみたいにちょっと震えるのも可愛い。実は嫁は太ももの後ろの方に小さいホクロがあって、前戯中に「ここにあるな」って触れると恥ずかしがるのも良い。』」 「『嫁にお馬さん(騎乗位)させるのが好きなんだが、別に上手いわけじゃない。ただ、クールな顔立ちで気持ち良くなりたくて必死に腰動かしてるのはエロい。騎乗位だと顔遠いからキスしづらくて、キスしたさに前傾になって抜けそうになるたびビクッてして声が漏れるのもいい。滅多にない嫁からのおねだりも聞けるし』」 「『何度も言うけど私の言う「嫁」は女じゃなくて男です。証明に嫁のちんこの話しようか。嫁のちんこは完璧なフォルムしてる美チンです。おっぱいはないですが、乳首の感度はすごくいいし、乳首のすぐ近くのホクロもじっと見ないとわからない大きさでかわいいです』」 「『質問箱?から「男なら嫁を手マン(男にも手マンっていうのかな?)でイカせたいって思いませんか?」ってきてた。思わないです。俺はあくまで嫁さんがトロトロになっていろんな表情が見られるのが好きなので。』 『とかいいつつ、色々したさはありますよ。甘やかして入れてって口で言うまであらゆるところを舐めたり触ったりとか、スローセックスしたりとか。』 『あくまで欲望だけで現実にしないことを言うなら、寝込みを襲って起きたら入ってたってときの表情を見てみたいかな。あと、私のちんこがふやけるぐらい入れっぱなしで嫁と私が何回イッてもやめないとか。嫁が嫌なことは絶対しないけど、そういうのしたい。』」 「『高校生で出会って、一回付き合って別れてってしてるけど、高校の時、真面目にセックスしなくてよかったと思ってる。色んな考えがあるだろうけど、身体的にも精神的にも傷つけただろう。』」 「『嫁の好きな体位ってなんだろうか。全部エロい顔するからわからん。』」 「『酔ってる嫁はいい。普段禁欲気味なせいか、ソファで寝てた私のちんこをしゃぶってたりする。声もいつもよりはっきり聴かせてくれる。おねだりが激しい。「もっと、もっと」なんて言われてみろ、』」 「もういい…!」  8枚目の途中でスマホを取り上げられてしまった。真っ赤な顔の深彩が可愛い。 「だいたい、僕の身体的特徴とこんなに合致して、こんなに思い出の話が合ってるのにこれがあなたじゃないわけないでしょう…!」  目を吊り上げても、腕を組んでも、大声を張り上げても、りんごのような真っ赤な顔をしていては可愛さしかない。  深彩は目の前にしゃがみこんで、上目遣いで昭信を眺めた。目がうるっとしているのは、恥ずかしさが限界を超えたのだろう。セックス中以外では初めて見る。床に置いた昭信の手に、深彩の細長い指先が触れる。 「それに、なんだ、このIDは。316って、僕の名前でしょ…」  昭信は静かに頷いて「……ああ」と答えた。 「どうだった? 『アキ』の内容は」 「……っ全世界に情事を覗き見されている気持ちです」 「それは困るな。深彩の可愛い顔は俺が知っていればいい」  深彩は膝をついて、昭信の首に腕を回した。密着すると、体温を分け合って、さらに体が熱くなる。それから昭信は、『アキ』を作り出した経緯を話しだした。 「最初は、芦屋さんに聞いてもらってたんだ。俺のことも深彩のことも知ってるから、相談ついでに。でも途中から『もういいから、お前そういうアカウント取れ』って言われて」 「……芦屋先輩に言ってたのも初耳だけど」  芦屋は二人の共通の先輩だ。深彩とともに営業で働いた後、開発設計に移って、今は昭信と働いている。初めて二人が付き合っていることを告げたのは芦屋だった。  深彩の背中に触れる。心臓がトクトクと大きくて早い音を立てていた。自然と指先から鼓動が速くなる。体ごと深彩と一つになりたくて仕方がないようだった。 「『アキ』に載せてることは、垣根のない本心だよ。深彩が好きだ。昼と夜のギャップも、体の部位の一つ一つも、俺だけが知ってる表情も声も、全て。——まさか、こんなに早く見つかるとは思っていなかったけど」  投稿を思いつくごと、深彩のことを仔細に思い出す。意外と熱血で凛々しい一面や、過去の深彩との思い出、触れると恥ずかしがる体の部分まで。記憶や生活の中でも、セックス中でも、深彩の新しい顔を知るたびに、虜になっていくのを感じた。そして、すぐにでも抱きしめたくなった。  見つけたことに関しては、昭信も動揺していないふりをしてかなり驚いていた。深彩はかなり機械音痴だし、SNSの類はほとんど触ったことがないはずだ。  昭信の腕の中でもぞりと動いた。落ち着ける位置を探しているようだ。 「……芦屋先輩から教えてもらったんだ。多分これ昭信のだって。最初は、全然思い当たるところがなくって、浮気でもしてるかと思った」  芦屋先輩め、と思いつつ内心感謝した。深彩のことだから、そうでもしないと一生気付かなかっただろう。別に気づかなくてもいいが、どれだけ今の昭信が深彩を深く想っているかを思い知るには、手っ取り早い方法だ。それに、いつか投稿に飽きる前には見せておこうとも思っていた——今となっては言い訳だが。 「でも、体についての文とか見てると、あれ、これ俺にあるとか思って…それで、恥ずかしいけど好きだと言ってもらえてるのが嬉しくて、気づいたら写真をいっぱい撮ってた」  深彩はより強く抱きついて、顔を見せなかった。それでも昭信は嬉しかった。好きだと言って、それを嬉しいと、受け取ってもらえるのが嬉しかった。深彩は、昭信の耳元に口を寄せて、ささやいた。 「……セックスの、したいこととか、言ってくれていいのになって思ったりしたけど」  急に昭信の体に血液が巡るのを感じた。心臓が跳ねる。  深彩からのお誘い。というか、許可。 「寝てる間に触ったり、挿れたりしていいのか?」 「次の日が何もなければ…」 「わかった」  言質はとった。その即答ぶりに、深彩は腕の中、ぶるっと震えた。  おもむろに口を重ねる。深彩の薄い唇に、きゅっと力が入る。目を瞑るのは、昭信の教えの賜物だ。それがなんとも従順に見えて、可愛くて仕方がない。たしか、『アキ』にもそう書いたのではなかっただろうか。  短いキスを繰り返し、深彩が酸欠でぼーっとなるのを待つ。  まずは、昭信の好きなところにたくさん手で、唇で触れて、恥ずかしがる深彩が見たい。そう思って部屋着の裾から手を差し込もうとした時だった。 「待って」  その手を片手でとって止められた。昭信と深彩の顔の間に、スマホの画面が割って入る。可愛い深彩を見る前に止められて、怪訝な顔をしつつ、深彩が差し込んだスマホの画面を覗き込む。 「………僕も作ったので、時間がある時見てくれるとうれしい」 『316 @316desu パートナーがうるさい。でも好き』

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