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5 side山 画面の向こうで見ているしかない。

 食堂で飯を食って部屋に戻るとすぐにパソコンの電源を入れる。殆ど無意識に一連の行動をとるのは、俺の行動が殆ど毎日変わらないからだ。パソコンが起動するまでの間に電気ポットのお湯でインスタントコーヒーを淹れる。俺のパソコンはデュアルディスプレイにしてあって、一台にペイントソフトの作業環境、もう一台にブラウザを起動させるという状態で、絵を描きながら動画をながら見していることが常だ。 「お、今日は雑談配信あるじゃん」  開始時間まで三分。天海マリナの配信時間は俺の活動時間帯と殆ど一緒なので、たいていリアルタイムで視聴できる。日中は普通に働いているのだろう。土日は昼間も配信する。行動パターンから言って、会社員なのかもしれない。平日の昼間に配信しない所をみても、学生やアルバイトをしている人間でないのは想像できる。向こう側にいる人間がどんな人間なのか妄想するわけではないが、垣間見える生活には少しだけ好奇心が疼いた。  待機中の画面を開く。同じように待機しているのは十数人で、はっきり言って人気のないストリーマーだ。だがここにいる同士たちは、俺と同じように彼女を応援しようと思っている人間でもある。コメントの少ないストリーミングなんて寂しいものだ。一言の言葉が向こうに届くエールならば、いくらでも送らなければならない。  数人が「こん」「こんばんは」「ばんは」とコメントするのに続いて、「こんばんはー」とメッセージを送る。それから、自分のSNSに向けて配信内容をツイートしておく。地道な努力で応援するしかなかった。 (雑談中なら、絵描けるな)  キャンバスを立ち上げ、ペンを走らせる。どんな絵にしようか。やはり描くなら応援に繋がるようなイラストが良い。マリナちゃんの魅力が思いっきり伝わるような、それでいて目を引くような。 (『ステラビ』って解るようにするには? やっぱ迷宮? ウサギの耳をつける?) 『ステップラビリンス』は可愛いウサギのキャラクターを操作して迷宮風のダンジョンを進むアクションゲームである。可愛いキャラクターなのに残酷な罠でウサギが爆発四散するのがブラックコメディの様子で描かれる。ドット絵の雰囲気によって緩和されているが、それなりに残虐なゲームなのだ。  絵の構想を練っていると、ノイズが僅かに入り、声が耳を擽った。 『こんばんは~』  マリナちゃんの声に、絵を描く手を止めてコメントを打ち込んだ。 「こんばんは」  心なしか、マリナちゃんの声に覇気がない。不審に思ったが、敢えてコメントは送らずに反応を待つ。 『いやー、参りましたよ……』 「どうしたの?」  俺の書き込みに続いて、他の人もコメントを送る。「どうかした?」「何かあった?」「チョコバナナ食べる?」と、続いていく。ちなみにチョコバナナはマリナちゃんのプロフィールに記載されている「好きな食べ物:チョコバナナ」に起因する。 『実は引っ越しすることになったんだけど。あー、どうしようー!』 (引っ越し?)  落ち込んだ様子のマリナちゃんに、引っ越しのワード。不安に思ってコメントを書きこむ。 「もしかして、近所トラブル? 騒音とか」 『あー。トラブルとかはないので、大丈夫です。ちょっと住んでる場所がなくなるみたいで……』 「え」  マリナちゃんの言葉に、一斉に「え」の言葉が書き込まれた。住んでいる家がなくなるとは、なかなかの大事である。ひとまずストリーマーの間で良く聞く騒音トラブルではないようなのでその部分は安心だが。 『不動産屋さんに行って内見とかしてきたんだけど、良い物件が本当にないの。やっぱり配信のこと考えると、出来るだけ端の部屋が良いんだけど開いてるところがないし、立地も良くないし……』  配信するとなると、どうしても声を出す都合などで騒音が出る。夜中に話し声などが大きければ、当然隣近所から苦情が来るものだ。配信を行っていると多かれ少なかれ、隣人から苦情が来ると聞いたことがある。 『吸音材買ってどのくらい遮断できるか……』  悩んでいるマリナちゃんに追い打ちを掛けるように、コメントが入った。 「配信も休むと厳しいけど動画のストックはあるの?」 『う。それだよねー! 今録画したら編集してすぐ投稿してギリギリなんだよね。今休むのキツイよね!? うわーん、どうしよう!』  せめていくつかストックしておかないと、おそらくは引っ越し前後は録画も編集も出来ない。そうコメントが流れる。俺もこれは大変だと、コメントを送った。 「マリナちゃん、引っ越してすぐにネット環境使えるとは限らないよ。ストックは数本じゃ厳しいと思う」 『あー! そうだ! ネットもあった! どうしよう!!』  本格的に困ってしまった様子のマリナちゃんに、俺たちは応援のコメントとアドバイスを送るくらいしか出来ない。今が一番、マリナちゃんにとって大切な時期なのに。投稿が一日でもされなかったら、見る人はぐっと減ってしまう。 (マジで、やばいな)  俺はキーボードに手を置きながら、歯がゆい気持ちをかみしめた。俺は所詮、画面の向こう側の存在で、マリナちゃんの助けになることは出来ない。直接手助けできないもどかしさに、俺はグッと拳を握りしめた。

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