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7 side山 寝耳に水
寮のお知らせページにポスターを掲示する。寮長の藤宮に「絵が描けるから」と気軽に頼まれたポスターだった。内容は、「バーベキュー大会開催のお知らせ」だ。夕暮れ寮では年に何回か懇親会が開かれる。新入社員が入ったばかりの四月に行われる歓迎会と、秋の行楽シーズンに行われるバーベキュー大会。それと冬にボーリング大会がある。ちなみに俺は手伝いまではしているが、参加したことは殆どない。
(今年は参加するからな)
強い気持ちで参加を決めたのは、同期四人以外の人間に天海マリナを布教するためである。頑張っている推しを応援するには、まずは布教が一番だ。面白いと思える人ばかりではないだろうし、勧めたところで実際に観てくれる人がどれほどいるかは分からない。だが、ゼロではないかも知れない。地道な努力が必要なのだ。
バーベキュー大会参加者募集! と描かれたポスターには、独身男子寮なのに美少女のイラストが描かれている。男の絵なんか描いたって盛り上がらないから良いのだ。何人かは興味深そうに足を止めて見ているから、効果はあるだろう。
(ポスターも出来たし、あとは役割とか分担するって言ってたな)
すっかり裏方をやる羽目になっているが、仕方がない。絶対に、布教してやるからな!!
「買い出しは押鴨と渡瀬、榎井の三人で頼むぞ」
藤宮がコピーした資料を手渡しながらそう言う。渡瀬は営業職の都合で車に慣れているので、こういう時は大抵運転手だ。俺と良輔は荷物持ちということになる。前日に買い出しをして、当日は準備に追われる。俺たち手伝いは七人ほどいた。それぞれ藤宮から担当を言い渡されたあと、確認のためラウンジの椅子にそれとなく集まる。
何をどこで買うとか、何が必要だとか三人で話していると、藤宮が近づいてきた。
「おー。お前らしっかりしてるから、助かるよ」
「藤宮先輩、何担当するんです?」
「焼きそば。作る方」
「そりゃ楽しみだ」
焼きそばは好きだ。うん。楽しみだ。ちなみに俺、自炊は一切しないし、台所に立ったこともない。寮の食堂が開いていない休日は、外で食うかコンビニ、カップラーメンである。カップラーメンは人類史に残る偉大な発明だと思う。
「ところで、何かあります?」
用事があって声を掛けたのだろうと、渡瀬が愛想笑いを浮かべる。藤宮は何故か俺の方を向いた。
「ああ。301号に入居するから。榎井、仲良くな」
「え」
もう決まったのか。先日高田先輩が出て行ったばかりだというのに、あっという間だ。そう言えばクリーニングが今日あたり入っているはずだ。こんな時期に出ていく方も方だが、よく次の入居者が決まったものだ。異動の多いシーズンには入れ替わることもままあったが、こういう中途半端な時期にすぐ人が見つかるのは稀だ。
(もう少し先になるかと思った)
驚いたが、それだけだ。仲良くできればそれに越したことはないが。
「珍しいタイミングですね」
良輔も意外だったらしくそう言って首を傾げる。
「何だか、アパートが取り壊しだそうだ。一時的かもしれないが。この時期だから近隣のアパートも開いてなかったらしくてな、それで声を掛けたんだ。お前らも知ってるヤツだよ。隠岐聡だ」
「ゲッ」
隠岐聡と聞いて、反射的に身体が拒絶する。隠岐だと? なんであんな奴が!
(しかも、隣だと)
ただでさえ五年も同じ部署にいるのが最悪だと思っているのに、その上、寮でまで一緒だなんて。
俺の反応に、渡瀬がわざとらしく口にする。
「同期が増えるなら、仲間に入れないとなあ」
「そうだな。仲間外れはちょっと」
「渡瀬、良輔。お前ら俺がアイツ苦手なの知ってて……」
仲間に入れるってのは、つまり同期寮組四人の中に入れるということだろう。はっきり言う。冗談じゃない!
あーだこーだと否定してみたが、二人には響かなかった。俺が心底嫌いだと言っているのに、軽く考えているらしい。
「まあ、マジの話、一回くらいは誘わないとまずいだろ。向こうが参加するかは知らないけど」
「ウググググ……」
渡瀬の言う事には一理あるので、それ以上は言えなかった。さすがに俺も、気に入らないからと言ってイジメのような真似はしたくない。
(くそ……)
隠岐が入寮するなんて、冗談じゃない。
せっかくの平穏な寮生活が乱されるような予感に、俺はそれきりしかめっ面をしっぱなしだった。
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