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成人の日のふたり。

 もう朝か、なんて思いながら目を開ける。と、ふとベッドの真横にあるランプテーブルの上のデジタル時計が、1月9日を指していたのが目に入った。 「あ、今日成人の日じゃん。おめでと」  本日新成人の仲間入りを果たした恋人は、まだおやすみ中。布団の中の塊に向かって声をかければ、「んん……」と言いながら、もぞもぞと動き出した。 「なに………?」  そしてそのまま、頭の横の短い毛がぴょこりとはねた青年・楓が、布団からゆっくりと出てきた。  楓は、冬だと言うのに何も身に着けていなかった。目を擦りながらぼんやりと、俺を捉える。 「せいじんのひぃ……?」 「そうだよ。成人式、行かなくて良かったの?」 「……分かってて聞いてるでしょ……」  ふふ、と笑みを浮かべた俺は、ベッドを抜け出し、窓の傍へ行った。  冬用の少し厚めのカーテンを開ければ、ゆるりと穏やかな朝日が差し込んでくる。灰色一色だったワンルームの光景が、徐々にオレンジ色へと変わっていった。  それと同時に、楓の身体も赤光に照らされる。彼の身体には、全身くまなく紅い印が付けられていた。 「こんな全身跡だらけで、俺が行けるはずないって」  じとっと睨む瞳。けれど、そこに凄みはない。  当たり前だ。昨日のお風呂上がり、俺のベッドに潜り込んでいたのは彼なのだから。  一生に一度の成人式。  高校進学を機に別れた旧友も大勢参加するということで、楓は会うのをとても楽しみにしていたようだった。実際にLIMEで、地元を離れた友人や、親交の無かった同級生たちと会う最後のチャンスなのだと、俺に意気込んでいたくらいだ。  けれど昨日の夜、楓は仕事上がりの俺を待っていてくれて、共に過ごしてくれた。『こうなること』を望んだのは、他でもない楓なのだ。  なのにツンデレだなぁ、などと思いつつ、俺は笑みを溢した。 「そうだねえ。でも、俺は嬉しかったよ?」  踵を返し、恋人が可愛く睨みつけるベッドへと歩く。  隣にそっと座れば、恋人の顔が僅かに赤みを帯びているのが分かった。 「君が久しぶりに会いたがってたどの友達よりも、小学校、中学校、高校の9年間君がお世話になったどの先生よりも、俺を優先してくれたのが」  淡い茶色の、ほぼ真横にはねた楓の髪をさらりと撫でてやると、楓はぷい、とそっぽを向いた。寝癖はばねのように跳ね返って直らない。 「……久しぶりの休みなんでしょ」 「そうだねえ」  雑誌の編集社で働く俺は、お正月から昨日の締切日までの数日間、ろくに家に帰ることができていなかった。  朝から翌朝近い時間まで仕事をして、そのまま2時間くらい仮眠を取って、また次の日の業務に打ち込む。そんな生活が担当している月刊誌の締切日、つまり一月ごとに起こるので、楓を一日中独りにさせることは少なくなかった。  だから昨日の夜、俺のベッドに潜り込んでいたことだって、締切が終わって久しぶりに帰れた俺を驚かせようとしているのか、寝ぼけて自分のベッドと間違えたのか、そのどちらかだと考えていたのだけれど。 「もう何日も、……『えっち』してない、から」 「………え」  一際小さな声で呟いた真ん中の3文字を、俺は聞き逃さなかった。 「『えっち』……?」  思わず言ってしまった、とばかりに口を抑える楓。 真面目な性分のせいか、いかがわしいこととなると恥ずかしがって一切言葉にせず、かつ俺が誘うまで『そういう行為』をしようとするムーブにすら入ろうとしない楓が、まさか、『えっち』なんて直接的な行為を指す言葉を言うなんて……?  思わずフリーズする俺。完全に不意の一言だったのか、楓の耳もどんどん真っ赤に染まっていく。そして楓の身体全体が、林檎のように赤く発火した直後ーー 「……ま、まさかそんなに寂しがっ……」 「……わ、わっ、忘れてよもう!!!」  楓は目にも止まらぬ速さで俺から布団を引っぺがし、ぼふっとその中に閉じこもってしまった。  その後はどれだけ出てきてほしいとお願いしても、貝になった彼が布団を開けてくれることはなかった。 上のシャツだけは辛うじて着ていた俺も、気温一桁の冬の室内ではどうしようもないほどに寒く、思わず苦笑してしまう。  仕方なく部屋着に着替えた俺は、尚も閉じこもる布団の塊に優しくキスを落とした。 「成人おめでとう。楓。これからもよろしくね」 「………はい」  布団の塊から感じるほんのりとした熱が、冬の朝を優しく温めてくれたのだった。

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