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1-2. 後ろのバケモノ

 とにかく、長く話をしようにも俺の身体の調子を確かめたい、ということで。視えていない為に彼──カレルが何をしているか詳細にはわからないのだが、触診されているのはわかる。触れられていることに関しては、眠っている間に治療の為に身体の殆どを確認されているだろうし、同性だろうから別に今更何も気にしない。 「感覚は、大丈夫そうですね。痛みも、貫かれた、というか貴方自身が突っ込んだんですが……右足以外は問題なさそうだ」 「ああ、成る程。貴方はそういう能力だから医者になったのか?」 「……よくわかりましたね。医者、と呼べるかはわかりませんが。ええ、相手の身体に触れると病気になっている箇所や怪我をしている箇所がわかります。尤も、その詳細がわかるかどうかは場合によるのですが……。貴方の眼に関しては──よく、わからない。でも、何かがおかしいのは、わかります」  彼の言葉にそうか、と呟いて、良い能力なんだから長生きしろよ、と声を掛けて笑った。歴とした試験に通った医者などすぐ王室や騎士団に召し抱えられてしまうのだから、こんな所にいるからには正式な医師免許は持っていないだろう。  ──この世界では、能力があるかどうかで全てが決まる。まず、能力がないと生まれた瞬間に“自分の影に喰われる”からだ。産声を上げるよりも先に、自分の能力で自分の影を従えることが出来なければ、終わり。母親の前で自分の影に喰われ、その影が満足すればそこで消えるし、満足しなければ──今度は母親を、喰う。  勿論出産すると決めた時点でどの母親も覚悟している為、自分の子が喰われた瞬間に、直様その影を殺す。しかし一定数、自分の子を喰らった影であれ子と同然と考えて殺せない母親がおり、その母親を守るために護衛を受け持つ者もいる。だがそれでも逃げ果せる影がいるし、そもそも自分の影は生まれた瞬間だけではなく、生きている間ずっと狙って来る。しばらく顔を見ていないと思っていたら、「あいつ、自分の影に殺されたってよ」なんて噂話が流れて来ることなんてザラにあるのだ。自分の影を従える為の能力は戦闘向きか戦闘向きではないかなんてどうだって良くて、自分の影が納得して従いさえすればそれで解決だ。  ──しかし、他の人間の影は違う。他の人間の影は戦って倒すしかない為、結果的に生き残っている人間は、俺を含めて戦闘向きな能力の事が多い。だからカレルには長生きしろよ、と言ったのだ。──戦闘向きの能力でない彼はいつか、他人の影に喰われる可能性が高いから。 「長生きは、そうですね。できればしたいところですが……貴方に助けていただいていなければもう死んでいた筈ですので。本当に、助かりました。ああも影に囲まれると、流石に困りますね」 「……夢じゃなかったのか」 「え?」 「いいや、こちらの話だ。意識を失う前をあまり覚えていなくてね、俺は貴方を影から救ったんだな。そういえば、そうだった気がする」  ならば意識を失う前に見たあの金色の綺麗な何かは、彼の髪か瞳だったのだろうか。そう考えていると無意識に、手が伸びて。何事かと手を取ってくれた彼の好意に甘えて、そのまま彼の腕を辿るように、顔に手を滑らせた。 「貴方の髪と瞳は、何色だ?」 「え? ええ、と、髪は黒色で、瞳は金色だと認識しています」 「そうか。……どちらも夜のようで、好きな色だ。できることなら、ここを去る前にもう一度視たいな。……と、そうだ。俺の能力を説明する前に、先に謝っておく。敬語でなくて悪い。敬語だと嫌なことを思い出してしまってな……」  眉を顰めて嫌そうな顔をする俺の表情を見てか、彼はそれ以上言及しなかった。あのことまで話すとなると面倒だし、病み上がりではあるから無駄に長く話さなくていいのはありがたい。それよりも、俺が彼の髪と瞳の色を好きだと思っていることの方が気になるようだ。……何だかそわそわしているような気配を感じるから。  まあ、それは置いておいて。彼の顔から、手を離しつつ口を開く。 「俺の能力は、簡単に言うと一時的に対価を払った分、一時的に攻撃力や身体能力を増す、というものだ。試したことはないが、恐らく寿命を対価にすることもできるかもしれないな。まあ、やれたとしても最終手段だが。……基本的には、今回のように視覚を一時的に犠牲にすることで身体能力を上げる、とか。だから視覚は暫くすれば戻るよ。責任は感じないで欲しい」  彼の綺麗な黒髪と金の瞳が早く視たいんだが、今回は少し無茶をしたから1日で戻るかどうか……。毎度対価が戻ってくる時間にばらつきがあるから、困ったものだ。まあ、圧倒的に戦闘には有利な能力だから、この世界を生き残っていく上ではありがたいのだが。 「そう、なんですか。あの……互いに助けられた者同士ですので、視覚が、もしくはその足が良くなるまでは、ここにいてくださって構いませんから」 「──ああ、ありがとう」  やはりお人好しなのだな。何となくそんな感じがした。俺はこんな能力を持っているから、戦闘が終わった後や安全な場所まで移動した時に意識を失うか動けなくなることが多い。だから大体彼のようなお人好しか知り合いに拾われることや、金か、もしくは身体で払えばどうにかなる相手に頼んでしばらく休ませてもらうことでどうにかしている。いつか死にそうな戦い方をしているのはわかっているが、もう十分生きた意味があると思っているから何だっていいのだ。 「それにしても、助けてもらっておいて何ですが、視覚以外に払える対価があったと思うのですが……視えなくて、困りませんか?」 「ああ……そうだな、五感が優れている方だから日常生活でそこまで困りはしないが、戦闘になったらまずいな。だが自分の影に不意を突かれる程馬鹿ではないし、余程強い影でなければどうにかなる。貴方──ええと、何と呼べば良い?」 「カレルと。敬称は必要ないですよ」 「では俺のこともルイスと呼び捨ててくれ。大した身分でもない。……カレル、貴方のこともここにいる限りは俺が守るから安心してくれ」  目が視えておらず、足も怪我している奴に言われて信じられるかは置いておいて、まあそこらの奴よりは余程役に立つぞ、俺は。……待て、聞かれて思い出したが、俺は本当に何故視覚を対価に払ったんだったか。…………そういえば意識を失う前、変なものを視た気がする。カレル以外の誰か、何か……が、いたような……。 「ルイス? どうかしましたか?」 「い、や……。何かを、忘れて、いる、気が」  思い出せ。いや、思い出すな。絶対に思い出すなと無駄に働く脳が警鐘を鳴らしている。い、痛い。頭が、痛い。気分が、悪い。起こしていた身体が倒れるように寝台に戻っていく。冷や汗が凄くて、頭が割れそうになる。 「ルイス──?!」  焦ったようなカレルの声と共に、汗を拭われるように冷たい布が当てられてふるりと震えた。何も視えていないのに、無駄に鋭い五感が逃げろとずっと俺に訴えかけて来る。でも、逃げられるわけがないだろう、こんな体調で。──成る程、そういうことか。確かに彼自身はお人好しの良い奴の気配を感じるが、そうじゃない。“後ろ”。 「カレ、ル……あな、たは、なかなか“やばいもの”を、飼って、いるな……?」  ──そこで、俺の意識は途絶えた。 ~*~

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