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★ 変わるもの変わらないもの★ 第90話 篤哉side現実は何処にある?
俺はまた同じ夢を見ている。俺の目をそらさせない少年が、浜辺で俺を見つめながら微笑んでいるんだ。その笑顔が眩し過ぎて、俺は不意にそれが現実なのか夢なのか分からなくなるんだ。
その少年を見れば見るほど、俺にとって、なくてはならないと感じる。そんな存在が本当に俺の側にいるんだろうか。...ああ、何も分からない。
分かるのはあの美しい微笑みが、俺に向けられているということだけ。
夢でもいいから、あの蕩ける眼差しで俺を見つめるあの少年と話が出来たらいいのに。俺は同じことを何度も何度も考え続けながら、暗い渦の中へ潜っていった。
「バイタルは安定しています。ただ、強く頭を打ってますので目覚めた時にどのような症状が出るかは、今ハッキリとは申しあげられません。身体の方は酷い骨折でしたが、手術は成功しています。回復も早いでしょう。
あの状況でこの程度でしたら不幸中の幸いと言えるかもしれません。」
…病院か?バイタル?誰か具合が悪いのか…。ああ、俺かもしれない。身体が重い…。目を覚ますと酷い気分になりそうな気がして、俺は楽な方へと舵を取った。
もう一度あの海辺の夢を見よう。柔らかく微笑むあの少年の夢を…。
あぁ、眩しい。誰だ....。頼むから眠らせてくれよ。俺は執拗に呼びかけられる声に眠りを妨げられていた。ああ、鬱陶しい…。眉間に皺が寄っている事を自覚しながら、嫌々目を開けた。
ボンヤリとした人間らしき輪郭が見えて、俺は瞬きを何度かした。段々ハッキリとするその姿は、誰だろう。…あぁ、母さんだ。相変わらず派手なメイクだな…。
「篤哉、良かった!分かる?お母さんよ?」
…篤哉?あぁ、俺の名前だ。東 篤哉…。どうしたんだろう。身体中が痛む。足は全く動かせない。ていうか多分ギプスで固定されてるんだ。ああ、事故に遭ったのか。
いつ?何処で?ああ、全然分からない…。喉もカラカラで言葉も出ない。
「…みず。」
看護師らしき人が俺の口元にスプーンでとろりとした水分を運んできた。ゆっくりと広がる水気に、喉もさっきよりはマシだ。
これだけで、俺はぐったりとして眠くなってきた。
俺、何だか大事な事を忘れてしまった気がする。胸の中にポッカリと大きな隙間が出来ているのは分かるんだ。でも俺はそれが何かは分からない。俺の中の一部が無くなってしまって、俺は子供のように泣いてるんだ。
俺は救いを求めるように、目を閉じた。俺の空っぽな心を満たすのはあの海辺の少年の眼差しだけ…。もう一度あの夢を見に行こう。
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