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第2話

「まいど!また来てね〜」 楽しい時間もあっという間で、終電も危なくなってきた頃なのでお会計を済ませて外に出る。 華金の野毛は、会社帰りのサラリーマン、おそらく付き合う前だろう男女、出会いを求めている男グループ、同じく女グループで人が溢れている。 なんかキラキラしてんなあ… 「おい、ちょっと高山、大丈夫か?!フラフラしすぎ」 「あ〜望月か〜だいじょおぶだいじょおぶ〜しんぱいしなくて〜い〜よお〜〜」 うあーふわふわする… 俺は家でも毎日飲むくらい酒が好きだが、めちゃクソ弱い。 今日はそんな飲んだっけ… でもこんな呂律が回らない状態でも、いつもしっかり家に帰れるのが俺のすごいところ。 「高山、生2杯しか飲んでなくないか?」 蒲原が呆れたように笑いながら言った。 「だよな?俺もそう思った。いつもこんなベロベロになれて羨ましいよ俺は」 「だろ〜?燃費がいいんだよおれは〜」 とか言いつつ、いつも割と恥ずかしいんだよ。酒雑魚じゃん… 「蒲原、お前高山と同じ地下鉄だろ?俺JRだからこいつよろしく」 「ああ、無事帰れるようにお世話しとくわ」 「大丈夫だってば…お前方向違うし、一人で帰れるってばあ…」 「馬鹿か、心配なことしかねえよ。ほら、とりあえず駅まで行くぞ」 「んじゃあ俺コッチだから!ふたりとも気をつけろよ〜!」 そう言って望月がこっちに手を振りながら振りかえった瞬間、おじさんにぶつかってめっちゃ謝ってるのを見て二人でふふふと笑う。 「あいつもまあまあふらついてるから心配だけどな」 「いや、、逆にお前はなんでそんな普通なんだよ…めっちゃ飲んでたじゃん…」 「普通か?俺は酔ってるつもり」 「サイヤ人だなお前…」 「どういうこと?」 「普通の人間じゃないってこと」 「いやお前失礼だな」 蒲原がくしゃっと俺の髪を乱暴に撫でた。 せっかく寝癖直したんだからやめろ…嬉しいけど。 口元が緩んでる気がして、なんか恥ずかしくて、顔見られたくなくて速歩きで蒲原の3歩前を歩く。 「おい信号、赤だよ高山ッ」 手首をつかまれ、ハッとする。やべえ俺やっぱ酔ってんのか… 手首をつかんだあと、そのままスルっと手を繋がれる。 「?!」 「お前危なっかしいから繋いどく」 危なっかしいに関しては否定できない。 ただ、繋いだ手からこの心臓のドキドキが伝わるような気がして、離したい。 離したいけど、離したくない。 「お前めっちゃ酔ってんな、顔真っ赤。肌が白いから余計そう見えるだけか??」 「完全に目が冷めたわ…」 「ほんと、信号無視して車にひかれたら笑えないぜ?」 「そっちじゃなくて…」 「??」 赤信号渡りそうになったことより、完全こっちのほうが… 「蒲原、お前ゲ、ゲイだと思われたら嫌だろ?離せよ、もう俺平気だから…」 嘘。俺が周りにどんな目で見られるかが怖いだけ。 変な噂がたったら…気持ち悪いと思われたら… 「ん?ゲイだと思われて何がダメなの?別によくない?」 衝撃だった。 人はみんな、ゲイは気持ち悪いとか可愛そうとかそう思うと思っていたから。 俺が必死に隠そうとしている部分だから。 「蒲原はすげえな…」 「何がだよ?」 「やっぱサイヤ人だわ」 「何でだよ??人間だわ」 この言葉で密かに俺は信じられないほど救われた気持ちになった。 どっからくる感情かいまいちわからないけど、泣きそうなんだ。 「…高山さ、今ほんとに彼女とか、好きな人とか、いないの?」 「えっあっ、うん、いないよ」 「あのさ俺さ、社内の女の子からうざいくらい付きまとわれててさ、」 「おいおい嫌味か?」 「違う違う、真剣に悩んでる。付き合いたくないから」 「ほんっとに年上美人しか興味ないんだなお前…ちなみに誰?」 「佐々木さんと熊谷さんと…あと多分だけど吉岡さんも」 「いや三人もいんのかよ、しかもめっちゃ美人じゃん、その三人」 「そうなの?美人ってほどじゃないし、年下だし、眼中にないわけよ」 「おいおいひでえなお前…だから何よ?」 「俺今高山と手繋いでて思ったんだけど」 「うん?」 「お前と付き合ってたら興味のない人に言い寄られることもないってひらめいた」 「はい?」 「いや、ほんとに付き合うとかじゃなくて、」 駅前の広場で急に立ち止まって、まっすぐな目をしてあいつは言った。 「俺と付き合ってることにしてほしい。一生のお願いだから」 …はい?なんでこんなことが起こってる?? 告白されてる?俺。 いや、ほんとに付き合うとかじゃなくてって何?付き合ってることにするって何?どゆことなの?詳細教えて??? 「なななななに言ってんの?お前、めっちゃ酔ってる?」 「酔ってない!お前となら手繋いで歩けると思ったんだよ、なあ頼むよ…」 「フリって、何をすんの?」 「もちろん、キスとかセックスとか、そんなことはお前が絶対に嫌だろうししない。ただ、会社の中で手繋いだり、付き合ってるって噂がたてばいいと思ってる。」 そんなことしたら俺の気持ちの歯止めが更にきかなくなる気がする。 簡単に言うなよな、人の気持ちも知らずに… あと絶対に嫌なわけないだろ、キスとか…いやダメだ考えるな… 「なあ高山頼むよ…もう俺にはお前しかいないんだ」 「嫌だよ…」 嫌なんかじゃない、俺の気持ちだけがでっかくなっていって、傷つくのがほんとに怖いんだ。 まさかこんな日が来るとは思わなかったから、どういう反応していいのかわからない。 「んまあそうだよな、俺と付き合ってると思われると困るよな…」 「いやっ…困るとかじゃなくて」 「ゲイだと思われたくないんだろ?」 それはほんとにそう。 ゲイだからこそ、ゲイだと思われたくない。 ゲイだからこそ、ゲイだと思われないようにと意識してしまう。 でも蒲原なら、、、、、、蒲原が気にしないなら、、、、、、、、、、、 ダメだって頭では思いつつ、もう口から言葉が出てしまった。 「わかった。いいよ、付き合うフリしてあげるよ」 「ほんとに?!やったー!!」 本当に告白が成功したんかってくらい俺の腕をブンブン振って喜ぶ蒲原。 俺は言ったそばから後悔してきたが、正直、言葉にできない喜びが湧いてきているのを感じる。 「んじゃあ明日、11時にこの場所で集合しよ」 「は?会社だけじゃないの?」 「なんか色々決めといた方がいいじゃん!あと、どうせなら恋人らしくデートしようぜ」 「え、えええ」 「んじゃあお前の酔いもすっかり冷めたみたいだし、、また明日な」 「うん、また明日」 同じホームでそれぞれの方向の電車が到着し、ドアが閉まるまで手をちょこちょこ手を振ってお別れする。(これ、仲良くない人だとめっちゃ気まずいやつ。) きっとアイツも酔ってただけだ…明日になったら忘れてるはず。 そう自分に言い聞かせながら、パンッパンな満員電車で帰路につく。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 《ピピピピピピピピピピピピ》 ……いつの間にか寝落ちしてた。 蒲原があんなことを言うもんだから、なかなか寝付けずにいたのだけど、 気づいたら朝の9時半、そろそろ起きて準備しなきゃ。 …待てよ? ほんとにアイツが酔ってただけでなんも覚えてなかったら? 俺だけ浮かれて約束どおりに11時に桜木町で待ってたら? そんなネガティブが頭を支配するほど、まだあいつの発言を信用していない。 でも、なんて確認すればいいんだ? 『今日って11時に桜木町で合ってた?』 いやいや、何の話?って言われたらダメージ10000 『今日ってほんとに俺たち会うの?』 いやいやいや、これだと行きたくない感が出てしまう。 そんなこと考えてるうちにメッセージ通知が来た。 『おはよ〜。今日の約束忘れてないよな?11時に桜木町の駅前な!』 ……うん、準備しよう。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 約束の10分前に駅に着いて、駅前の広場へ向かう。 まだあいつは来てないよな… え、来てる 「うわ待たせてごめん、はえーなお前」 「おう!おはよ。来てくれて嬉しいわ」 なかなか見ない蒲原の私服。焦げ茶のロングコートに白のタートルネック、グレージュのテーパードパンツをすらっと着こなして、ヴィンテージ感のある高そうなブーツを履いている。 「蒲原、モデルみたいだな」 「なんだよ珍しく褒めてくれんの?そういうお前もアイドルみたいだよ」 「モデルじゃないんかい」 「うん、ジャニーズって感じ」 俺は考えに考えた末、あんまり気合入ってると思われたくなくて、 黒のダウンにオーバーサイズのカーキのトレーナー、濃いめの色のスキニーデニムに適当なスニーカーをあわせてきた。 普段私服なんて着ないからどうすればいいのか正直あんまわかんなかった… 今日は色々話したいって言ってたな。 「んで、どうする?飯でも行く?」 「んー、高山はお腹すいてる?」 「さっきちょっとだけ食べてきたばっかだから正直そんな…」 「そう俺もなんだよ!んーじゃあ、動物園は?」 「どど動物園?」 「そっ。今日はデートなんだから、そういうとこ行きたい」 あほ。デートなんて言われたら本気になるだろ。 「まあお前が行きたいならいいけど…」 「よし、決まりな!行こ!」 桜木町には、入園料無料の動物園があるっていう噂は聞いたことある。 さすがの蒲原、もう道は知っているようでスイスイ歩いていく。 「高山は行ったことある?あそこの動物園」 「いや、俺はないけど、、蒲原はデートで何回もあんだろ?」 「と思うだろ?初めてなのよ」 「まじで?初めてなのにこんなスイスイ歩けるの?」 「あー…実はさ、昨日動物園への道予習してた」 珍しく、頭をポリポリ書きながら、少し照れくさそうな蒲原。 なんだよそれ、飛び跳ねたくなるくらい嬉しいだろ。 俺とどこ行こうかって考えてくれたってことは、俺のことを考えてくれてたってことだよな? 寝るまで、俺のこと、考えてくれてたってことだよな?? 「おい何ニヤニヤしてんだよ」 やべ、口元緩んでた。 「なんでもねえよ。てか、この坂登ってくの??」 「ん?ああそうみたいだな」 「うげー…」 普段引きこもりで運動不足の俺にとっては、急激な坂は試練でしかない。 「うげーじゃねえよ。健康器具の会社に努めてんのにそんな運動不足丸出しなやつやべえぞ」 「それとこれとは話は別だよ…」 「これからもデートで運動不足解消しないとな」 「マジ無理だから。俺はおうちデートがいい」 うわ、なんかキモいこと言っちゃった。 「ほう、それなら次はおうちデートな」 「ちがうちがう、そういう意味で言ったわけじゃ、、、」 「何赤くなってんだよ、お前ほんと可愛いな」 「バカ、疲れて熱くなってきて顔が赤いの!」 「ほらあとちょっとだから、頑張れ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「ひゃ〜レッサーパンダだ!可愛い〜〜」 「高山お前さっきまで死んでたのにめっちゃはしゃいでんな」 「見て見て蒲原!よく見たらもう一匹いるよ!寝てる可愛い〜」 俺はとにかく小動物が好きだ。 猫犬はもちろん、あのサイズ感の動物が可愛すぎてなぜか胸がぎゅっとなる。そして理性がぶっとぶ。 「はあ〜レッサーパンダ飼いた〜」 「なかなか難しいんじゃない?」 「じゃあ猫か犬飼いた〜」 「あ、俺猫飼ってる」 「は?!まじか!!吸わせろ」 「なんだよ吸わせろって。エッチな意味?」 「馬鹿か!猫は吸うもんなんだよ、、」 「なんだ、猫の話か、、、」 「当たり前だろ!」 そういうことサラッと言っちゃうあたり、チャラ男感出てるよなこいつは。 しかも男の俺相手に。どうかしてる。 「蒲原見て!草食べてる!!」 「んー?」 あれ、なんかすごい視線感じるんですけど。 「なんで俺の方見てんだよ」 「いやー、お前みたいなやつがなんで彼女出来ないのかな〜って」 「余計なお世話だよ」 「ルックスもいいし、良い奴だし。だってこんなお願い聞いてくれるのお前くらいだよ?」 同情してると思ってるんだろな。 違う、俺は夢みたいな時間を過ごさせてもらってるんだ。 「だろ?ルックス抜群だしな!」 ちなみにそんなこと思ったこと1ミリもない。 「調子乗ったな??」 「そんな事いいから、早く次行こ」 「え?ああ、どこ見る??」 ここは無料とはいえ充実した動物園だ。 どうでもいい話もしながらゆっくり1周してきた頃には、2時間が経過していた。 「うわ、もうこんな時間か。蒲原お腹すいた?」 「ペコペコなんてもんじゃない、、、」 「俺も。早く戻って飯行こーぜ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 一刻も早く食べ物にありつきたくて、桜木町駅前にあるビルの屋上のレストランへ迷いもなく入った。 適当にピザやパスタを注文し、黙々と平らげていく。 「お腹いっぱいすぎて動きたくない、、、」 「蒲原少食だよな」 「え、お前まだ食べれんの?」 「デザート頼んでいい??」 「お前のその身体のどこに入ってくんだよ、、すげえな、好きなだけ食べな」 俺は、どうやら『見た目によらずよく食べるタイプ』らしい。太れないことはちょっとコンプレックスにも感じている。 「じゃあ好きなだけ食べるわ」 いちごパフェとチョコパンケーキを注文すると、蒲原にぎょっとした顔で見つめられた。 「え?俺いらないよ?」 「え?俺が食べるんだよ??」 「え?」 「え??」 「お前そんな甘いもん好きだったのか、、」 「うん、大好き!」 「可愛すぎかよ」 「は?馬鹿にすんな」 「ははっしてないよ」 席に届いたパフェとパンケーキのビジュアルに感動して、しばらく見つめてしまった。 «カシャ» 「は?お前今写真撮った?」 「だって高山が犬みたいな顔してたからついつい」 「やめろ恥ずかしいだろ消せ」 「やだねー」 ぜってーアホみたいな顔してたわ。 「そういえば昨日、色々話しとかなきゃって言ってたよな?」 「あっ、そうそう、なんかルール決めとかないと上手くいかない気がして」 「ルール?」 「ルールっていうか、口裏合わせてくというか、じゃないと疑われるだろ?」 「たひかに」 「あはは、お前口に詰め込みすぎっ」 ルールか、、そうだ、俺たちは『偽物のカップル』を演じるだけ。忘れてた。覚えてたけど、現実を見たくなくて忘れてた。 「例えばどんなルール?」 「んー、、まず、社内ではできる限り一緒にいる。不自然なくらいに。あと、毎日人に見つかるか見つからないかギリギリの場所でハグするとか。」 「ハグ、、?!」 「その方がリアルだろ?」 「リアルだけど、それは、、、」 「嫌?」 「嫌って言うか、、、」 万が一俺のムスコが勃起なんてしてしまおうものなら、 確実にこいつに引かれる。そして嫌われる。最悪だ。 俺だって性欲が無いわけじゃない、その相手がいないだけ。 ハグなんてされたらと考えるだけで恐ろしい。 「嫌じゃないならOKだな!あと、俺たちからは付き合ってるって言わないけど、誰かに聞かれたら付き合ってるって答える」 「なんだよそれ、望月と川崎には?」 「言わない方が面白くない?」 「面白くないわ」 「せっかくだから楽しもうぜ」 ゲイじゃないやつは、気楽でいいよな。 おれは恐怖でしかないっていうのに。 「どこがゴールなの?」 「ゴール?ああ、3人が俺のことを諦めてくれて、そんで俺かお前に彼女が出来るまでかなあ」 「俺にはできないよ」 「できるだろすぐに!社外の人との合コンとか一緒に行こうぜ」 「 行かねぇ 」 そうだよな、彼女作る気は、あるよな。 なんだか急に現実に戻された気分。 「高山は?なんか作っときたいルールある?」 「うーん、必要以上のスキンシップは絶対なし」 心臓が持たないのは分かってるから···· 「必要以上ってどこまで?どこからがアウト?」 「そんなこと聞くなバカ」 「お前に嫌なことはしたくないから教えろよ〜」 「やだよ、自分で考えて」 どこまでって聞いてどうするつもりだよもう。 早い段階でもうこんなに振り回されるとは。 「あとこれだけは譲れないルール思い出した」 「まだあるの?」 「毎週末はデートな」 「は?え?必要ある??」 「だって高山といると楽しいんだよ。癒される」 「なに?癒してるつもりないよ」 「小悪魔かよ」 「どういう意味だよ」 「とにかく、俺はもっと高山のこと知りたい。甘いもの好きなのも今日初めて知ったし」 「これだからモテ男は困るんだ」 「ん?なんか言った?」 「なんもない!分かったよ、全部ルールは守る」 「ありがと!約束な」 波乱万丈な偽カップル生活は、こうして始まった。

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