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第4話
月曜日にあんな事件が起きてから、俺はとにかく消えてしまいたい一心だったが、
相変わらず蒲原との偽カップル生活は続いていた。
行きも帰りも一緒だし、毎日ハグはするし、
でも蒲原絶対気づいてたし、くっそ気まずいし、ほんと死にたいし、、
ただ、蒲原の様子は変わることなく、毎日が過ぎて。
5日もたつと、「あれ?やっぱりバレてなかったのかな?」
そんな気もしてきたような気がする。ポジティブに行こう。
毎日をそうやって過ごしていると、だんたんと慣れてきて、
いちいち蒲原の行動に体が過剰反応することもなくなってきた。よし。
そして、あっという間にまた週末がやってきた。
俺がうっかり「おうちデートがいい」なんて発言をしたから、
今日は蒲原がうちにやってくる。
「昼から飲んで映画でも見てダラダラしようぜ!」
…とのこと。
蒲原にとってはただの同僚の家でダラダラする感覚なんだろうけど、
もちろん俺は、緊張でソワソワが止まらない。
5分おきくらいにおしっこしてる気がする。一気に出ろよな。
《ヴヴッ》
スマホのバイブがメッセージ通知を知らせる。
蒲原だ。
『もう10分でお前んちつくよ』
え?俺んち直で向かってる?
『まじかりょーかい!てかなんで家分かんの?笑』
『前4人でお前んちで飲んだじゃん!道単純だから覚えた』
『そうだっけ?気をつけてなー!』
«ピンポーン»
いや2分やないかい。
時間感覚どうなってんだい。
扉を開けると、いっぱいのお酒と食料を詰め込んだコンビニの袋を持った、
蒲原が嫌味なほど眩しい笑顔でそこに立っていた。
「よっ!以外に駅から近かったわ!」
「ほんと早かったな!まあ入って」
「お邪魔しまーす。うわあ、相変わらずおしゃれ女子みたいな部屋住んでんな」
「おいおしゃれ男子だろ、上着もらうよ、荷物適当に置いて」
ああイケメンが俺の部屋にいる…
こいつが立ってると、天井低く見えんな…
「なんか色々買ってきてくれたみたいだな、ありがとう、いくら?」
「ん?ああいいよ、俺の奢り。とりあえず飲もうぜ!」
「ああありがと。てか早くない?」
俺、今から飲み始めたら最悪1時間で眠りに落ちる可能性あるんだけど。
せっかくの時間なのに、それだけは阻止したい。
「昼から飲めるって幸せ噛み締めようぜ。ほら、乾杯」
「あ、うん…乾杯」
ちょびちょび飲んでく作戦でいこう。
「何する?高山は何したい?人生ゲーム?トランプ?UNO?」
「修学旅行かよ!映画見るんじゃないの?俺んちネトフリ見れるよ」
「映画な。おっけー高山がしたいことしよ」
こいつ、実際しっかり優しいんだよな…
「蒲原は映画何系が好き?俺ホラーしか見ない」
「何系?うーん流行りのやつ見るくらいで、ホラーは全然見ないかな」
「怖いのきらい?」
「ううん、別にきらいじゃないけどこわいと思えないだけ」
「んじゃあ俺気になってたホラーがあるからそれ見よ」
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…やべえ、くっっっっっっっっそつまんねえ。
完全に外れだし、映像はB級でグロいシーンは頑張りすぎてて逆に笑えるやつ…
おまけに、やけにエロいシーンが多くて気まずい…
なんで駄作の洋画ホラー系は無駄にエロシーンばっか入れてくんだろ…ホラーで勝負しろよな…
この一時間で、500ml缶ビール3分の2くらいで抑えてるおかげか、眠気はやってこない。よし。
蒲原はどんな顔して見てんだろ…
「いや寝てるんかい」
ソファで隣りに深く腰掛けてたから、気づかなかった。
いつから寝てたんだよ、俺が寝ないように頑張った意味よ。
映画そっちのけで、蒲原の横顔をまじまじと見つめる。
整いすぎ、鼻筋きれいすぎ、まつ毛長すぎ、
唇エロすぎ…
いや何考えてんだ俺は、そんな目でこいつをみてはいけないだろ!ばか!
ただ、この瞬間、蒲原を独り占めできているという事実が、どうしても嬉しかった。
俺のことが好きじゃないとしても、こうして隣にいられる。
この偽物の関係が、いつ終わるかもわからないのに、いつまでも続くような気がしてしまう。
いつか終わってしまうのに。
蒲原に呼吸を合わせているうちに、俺もどうやら眠りに落ちてしまった…
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「幸汰は、幸せになるために生まれてきたのよ。だから、名前にも幸せっていう文字を入れたの。お母さんは、幸汰が生まれてきてくれて幸せよ」
ああお母さん…俺がゲイだって知っても、唯一の味方でいてくれた。
ただ、そのことを知った時、泣きながらこう言ったんだよな…
母親を泣かせるなんて、親不孝だ。
お母さん元気かなあ……
お母さんの温かい手が、俺の頭を優しく撫でる。ただ穏やかに微笑みながら。
「会いたい…」
そう呟いて、目が覚めた。
「好きな人の夢でも見てた?」
目が覚めたあと、もう一度目が覚めた。
夢の中で撫でてくれていたお母さんの手は、現実では蒲原の手だった。
「わあごめんっ寝てた!!」
動揺して手を払いのける。
どうやら蒲原の膝枕の上で2時間ほど寝てしまっていたようだ。
なんで膝枕…?
「俺も寝落ちしちゃって目が覚めたらお前も寝てて、首つらそうだったから」
「そ、そんなんほっといてくれていいよ」
「ほっとけないだろ。それに、高山の寝顔子供みたいで癒やされたし」
「子供みたい?バカにしてんだろ」
「してないしてない、あとうなされてたから頭撫でてみたら落ち着いて可愛かったよ」
顔から火吹きそうって、こういうことか。
「なあ、なんの夢見てたの?」
「別になんの夢でもいいだろっ」
「教えてよ、気になる、やっぱ好きな人いんの?」
お母さんなんて言ったらマザコン認定されそうで、口が裂けても言いたくない。
「いないってば」
「じゃあだれに会いたくなっちゃったの?」
「誰でも関係ないじゃん!」
膝枕のまま、突然両手で顔を挟まれた。
「俺に内緒で好きな人なんて作ったら、許さないからな?」
「えっちょ、」
「はははっ冗談だよ。偽彼氏が束縛するっていうボケだよ、なに焦ってんの」
俺には完全に本気の目に見えた。
本能が危険を察知したのか、何も言えなかった。
ほんとに冗談だよな…?
「高山、俺腹減ったわ」
「お、俺も」
「ピザ?」
「デリバリーしよっか」
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お酒を飲みつつ、ピザを食べつつ。おつまみも食べつつ。
他愛ない会話をしていたら、気づけばもう20時をまわっていた。
「あ〜お腹もいっぱいだし帰るのだるいな…なあ高山、泊まらせてくれ〜」
「そんな遠くないだろ??」
正直逆の立場だったら、めっちゃ同じ気持ち。
外は1月の厳しい寒さだし、なんなら雨もちょっと振り出してるし。
「遠い。信じられないくらい遠いから、な、お願い」
「うちベッド一つしかないからどっちかソファになるよ?」
「なんで?一緒に寝ればいいじゃん」
「だめだろ、いやだめじゃないか、狭いだろ」
何もないとはわかってるけど…
「お前んちの猫は大丈夫なの?」
「へーき、餌大量においてきたから」
「確信犯かよ」
「今日はお泊りだな!」
「お泊りっていい方やめなさい」
会社の外ではただの同僚。
そう何度も心に言い聞かせてる。
いや、ほんとに、なにもないとは思うけど、
なにも起きませんように。
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