16 / 21
第16話
「たっく〜〜〜ん!!」
え?
三日ぶりに学校に戻り寮の玄関に向かって歩いていると、田上がそう叫びながら走って来て僕に飛びつき、ギュッと抱きしめられた。
た、たっくん!?
「ちょ、ちょっと田上…」
「良かった。ホント良かったよ」
そう言いながら今度は僕の両手を握りしめ、上下にぶんぶん振る。
「あ、う、うん。ありがとう…」
面食らいながらもお礼を言うと、また抱きついてきた。
あのあと、かあさんは翌日意識を取り戻し、さらにその翌日集中治療室を出て普通の個室に移った。
まだ力なかったけど、話も出来るようになったし、時おり笑顔も見られた。
僕に抱きつく田上の肩ごしに堀井の姿。
あれ?もしかして笑ってる?
穏やかで優しい───。
「お帰り」
そして低く静かな声。
「………………」
「佑?」
つい、うつむいてしまった。泣きそうだった。
「たっくん?」
田上もいぶかしげに僕の顔をのぞき込んでくる。
僕はひとつ大きく息をつくと顔を上げた。
「ただいま」
寮に戻って、まず上村にお礼を言いに行った。
上村はただ黙って何回もうなずいて、最後に僕の肩をポンポンとたたいた。
部屋に戻って風呂に入った。すでに見慣れた天井や壁にホッとした。
「ノート取っといた」
風呂から出ると堀井がそう言って、ノートを差し出してきた。
「え、ホント?堀井くん、感謝!」
両手を合わせて堀井をおがむようにして、それを受け取った。
「一日目のは伊藤が取っといてくれた」
「そうなんだ…」
今回、伊藤にもいっぱいお世話になった。メッセではお礼言ったけど、明日顔見てもう一度ちゃんと言おう。
「授業の板書も一応写真撮っといたけど、送るか?」
「え?」
堀井がスマホを手に取る。
写真って、授業中は携帯禁止のはずじゃ……。
「そう言えば堀井、授業中だよなって時間にもメッセ送ってきてたよな」
「ああ、先生達には中野に板書を撮って送るためって言って認めてもらった」
認めさせた、って言い方のほうが正しくないか?
堀井は一日に何度もメッセをくれた。夜には必ず電話もくれた。
「まあでも、俺のノートのほうがわかりやすいと思う」
これだ。
「何?」
「え?」
「何笑ってんだ?」
問いながら堀井が僕に近づいて来る。
「堀井らしいなと思っ…て…」
って、なんでそんなに近くに立つ!?
思わず堀井の体を押し返した手を逆につかまれ、後ろから抱き込むようにされた。
「ほら」
堀井はそう言ってスマホの画面を見せた。
あ…、写真ね。
「そう……かもね」
何変に意識してんだ!?
「だろ?」
耳元に堀井の声。
毎晩の電話の最後の堀井の低く優しい声の“おやすみ”が、すごく好きだった。
え?……好き!?
その時背後で咳払いが聞こえた。
驚いて堀井と離れようとしたけど、堀井は僕を抱き込んだ姿勢を崩さなかった。
首だけを巡らせるとドアの所に田上が立っていた。
「ジャマして申し訳ない。メシの時間だから誘いに来たんだけど…」
「あー、メシ!メシ行こ、メシ!」
三人で食堂に行くと、たくさんの視線に迎えられた。
みんな今まで通り話しかけては来なかったけど、すごく暖かい空気。
その中に原さんを見つけると、またもや完璧なウインクをしてきた。
ここに転校してきて、まだ一ヶ月と少し。
でもここは、僕の居場所になっていた。
トレイを持ってテーブルにつくと、僕は両手で顔をおおった。もうこらえられなかった。
涙が出た。
隣にすわった田上が、僕の背に手を当て、そっとなでてくれた。
翌日、登校して来た伊藤にお礼を言った。
僕の姿を見て、渋谷も側に来た。
伊藤は目をうるませて、でもそれが溢れないように何度もまばたきを繰り返していて……。
「なんだよ!?なんでおまえが泣きそうになってんだよ?」
「だってあの日、中野、ホントに真っ青な顔色してたから、ずっと心配で…」
ああ、そっか……。
渋谷を見ると渋谷まで伊藤につられたように涙目になってる。
なんなんだよ!?おまえら…。
名前を呼ばれて入口のほうを振り返ると、原さんが立ってた。
「大変だったみたいだな」
真っ直ぐに僕を見つめてくる目に、
「はい」
と素直に答えた。
「なんだ。なんかスッキリした顔してるな?堀井と最後までいったのか?」
原さんが僕の耳元に顔を寄せてささやくのへ、原さんのおでこに手を当て、それを腕いっぱい遠ざけてから、
「いいえ!」
と答えた。
原さんはその僕の手首をとらえて、また顔を近づけ、
「それは良かった。昨日、食堂でおまえが泣き出した時、堀井が側に居なければ、駆け寄って抱きしめてた」
昨日のことには触れてほしくない。
思いっきり嫌そうな顔をして見せたのに、原さんはフッと優しい顔になり、
「お帰り、佑」
と言った。
僕はそんな原さんの顔を見て、つい笑って、
「ただいま」
と答えた。
原さんはほんの一瞬、気まずそうに僕から視線を外し、でもまた僕の目をまっすぐに見て、
「おまえは、ホントに罪なヤツだ」
とささやくと、僕にキスした。
後ろでガタンとイスを蹴る音。その他のまわりの音はピタリと止まる。
そしてまた完璧なウインクをして視界から消えた。
あ…、ああ、あんの野郎ォー!!
その日からまた図書室通いを始めたけど、なぜか堀井も一緒についてきた。
一応堀井を見返すつもりで始めた勉強だから、側に居られるとやりにくいんだけどなぁ。
「あ」
「どうした?」
急に声を上げた僕に堀井がノートに落としていた視線を上げた。
「忘れ物。取ってくる」
「一緒に行く」
立ち上がった僕に堀井も立ち上がりかけた。その堀井の頭に真上から手を置き、
「いい加減にしなさい」
と言った。堀井は明らかに不満そうな表情を見せた。それがおかしくて、
「すぐ戻る」
と笑いながら言った。
静かだった。
テスト前だから部活もないし、校舎に残って騒いでる連中もいない。
教室の扉を引き開けて、
「あッ」
「うわ!」
僕は固まった。
そこに居た二人をたぶん二秒ほど凝視して、とっさに、
「ごめん!」
と謝って扉を閉めかけた。ところが一人がすごい勢いで外に走り出てきて、僕の腕をつかみ後ろ手に扉を閉めた。
この人、知ってる。体育用具室の時の一人。
「あ、あのな、中野…」
「誰にも言いませんよ」
僕は顔を真っ赤にして焦りまくってる相手を真っ直ぐに見て、出来るだけ静かに言葉を発した。
「あ、ああ、そうか…」
そう言って僕の腕を離した。
「あ、あとな、前、体育用具室で原が言った、三人でおまえを、っていうのは、あれは…」
「原さんのウソ」
僕がさらっと言うと、相手はポカンとした顔をした。
「原さん本人から聞きました」
「あ、あ、そう……」
相手は照れくさそうにうつむいた。
「俺、忘れ物取りに来たんです。机の中のノート、持って来てもらえませんか?」
「え?俺、おまえの席知らな…」
言いかけた相手に僕は黙って指で教室の中を示した。
今教室の中に居るのは僕のクラスメートで、いつもおとなしくて、あいさつくらいしか交わしたことがないけど、僕の二つ斜め前にすわってる子だから僕の席も知ってるはず。
相手が教室の扉を開ける前、僕は扉に背を向けた。万が一にも教室の中に居るクラスメートと目が合ったりしないように……。
原さんの友だちはノートを持ってすぐに出て来た。
「ありがとうございます」
ノートを受け取ると、僕は図書室に戻ろうとした。
「中野」
呼ばれて振り返る。
「俺……、マジなんだ」
また顔を赤くしながらボソリと言う。
「わかってますよ」
僕は笑みを浮かべながら言った。
「あなたのその顔見ればわかります」
相手はさらに顔を赤らめ、
「あ、うん……。サンキュな」
と照れたように笑った。
ともだちにシェアしよう!