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第1話

その国では、数年から数十年に魔王が現れ、その度に選ばれた勇者が魔王を倒しに行く 帰ってきた勇者はその功績を讃えられ、褒美を得て幸せに生涯を暮らす 『命懸けで戦って来るんだからさ、国一の美女と結婚とかさ,城とかさ、なんでも叶えてやって当然だよな』 そんなふうに思っていた 幼馴染で結婚した 結婚して幸せだった 魔王が現れて幼馴染が、夫が、勇者に選ばれた 「必ず、生きて帰る。だから、待っていてくれ」 出発する間際 きつく抱きしめられた その熱を今でもふと思い出すというのに 魔王を倒したという知らせは3年経って届いた やっと帰ってきた幼馴染は、一緒に苦楽を共にしたパーティの一人の肩を抱きしめながら帰ってきた 「彼が居なければ、俺は生きては帰ってこれなかった。これからは彼と一緒に生きていきたい、すまない」 勇者の望みは叶えられなければならない たとえ、自分の心が壊れても 泣いて、泣いて、悲鳴のように泣き叫んだ 三年、たった三年 幼馴染にとっては、数十年にも匹敵するほどの時間だったのかもしれない 僕にとってもそうだ 無事を祈らなかった日はない どこかで功績がたったと聞けば、無事を安心して早く帰ってきてくれと泣いて祈った こんなに悲しみに暮れるならば こんなに惨めに落とされるならば こんなにボロギレのように簡単に捨てられるならば 勇者なんて、 この国なんて、 滅んで仕舞えばいい!! 「良かったぁ、気がつきいたか!」 目が覚めれば、見知らぬ部屋で寝ていた 身体中に包帯が巻かれ、徐々に身体が悲鳴を上げてきた 「海岸に打ち上げられていたんだよ」 はい、これ 渡されたカップには、温めのスープが入っていた 幼馴染が綺麗めの美男子だとすれば、 この男は野生み溢れる色男といったところか あぁ、そうか 私は何もかもが嫌になって海に飛び込んだのだ そして運悪くここに打ち上げられたと 違和感がなく僕の事を考察している私 私はこれが勇者の物語として知っている 読んだことがある小説の一部だと知っている 海に飛び込んだ事で、思い出したのか 死んで入れ替わったのか どちらにしろ 私は私であって、僕は消えたんだと思った これからどうしたものか カップの中のスープは、海の味がして身体の疲れが癒えていく気がした 「痛むか?」 まるで念密に作られたガラス細工を扱うように、優しく、大事に包帯を変えてわ、心配そうに聞いて来る 野生児のような荒々しい風貌からは想像できないくらい、大事に世話をしてもらっている 「もうほとんど痛くないよ、この腕の傷が少しだけ残っているだけじゃないか、長い間ありがとう」 目が覚めてから1ヶ月が経とうとしている 食事に風呂にと、私の身の回りを全て世話をしてくれた その、おかしな話かもしれないが 幼馴染のように、私もまた この色男に惚れてしまっている 上半身の清拭が終わり、手当てをしてもらった 目が覚めてからこの時間が早く終わって欲しいと思っている 色男は看病をしてくれている 分かってはいるが、恥ずかしすぎるのだ けれどいつからか、終わってほしくないと少し思い始めていた 自分の思いがバレてしまうことが怖くて、今は早く終わってくれ!と心の中で叫んでいる 「下は自分でする!」 色男の腕の力強さや、胸の感触を感じるたびに、反応してしまうのが辛い ふはっ 何がおかしい?! 笑った色男を見上げれば、チュッと口付けられた 「可愛いなぁ」 真っ赤だ 私の頬に、おでこに、頭上にと、至る所に口付けられる 揶揄うようにではなく、慈しむように優しく落とされていく口付け 「君が好きだ」 私が告白してしまったのは、色男のせいだ 身体も心もふにゃふにゃにするから、思わず口から溢れてしまったのだ 「じゃあ、君のこれからを全てを貰うね」 愛してる 色男の吐き出された言葉は、重量を持って私の耳に流れ込んできた 思考を溶かされ、身体を開かれた やっぱり色男は野生児だった やっと部屋の中を歩けるくらいに回復していた私の身体は、またベッドが居場所になった そんな身体にした色男は、大変ご機嫌で。 幸せそうに私の世話を焼くのだ。 そうして一年が経った頃 ふと思い出した幼馴染 幼馴染はあの時の彼と幸せになっているのだろうか? 色男との幸せを考える毎日が忙しくて、忘れていたのだ 「勇者がどうしているのか、知っているか?」 私の質問に色男は、急にどうしたの?と慌て出した 「幼馴染だったし、夫でもあったんだよ」 ベッドに押し倒され、抵抗しながら叫べば、色男の動きが止まった。 「幼馴染だったから、ふと気になっただけで、恋しくなったわけじゃない」 私の胸に置かれた色男の頭を撫でながら話した 幼馴染に捨てられた私は、海に身を投げた事 色男に助けられた私は、たった1ヶ月で色男に惚れた事 「勇者だった幼馴染は、三年の間に愛を育んだみたいだけど、私は1ヶ月で惚れて・・・1年で愛を育んだ。 そんな私を軽薄だと思うか?」 「俺は、海岸に打ち上げられている貴方に一瞬で惚れたよ」 私の手に合わせられた色男の手は、硬く握りしめられ、それでも傷つけない安心感がある 「それに・・・・私はもう気づいているぞ。」 色男が魔物である事を びくっと揺れた肩の動きで、事実だと確信した 建物の中を移動できるのに、なぜか建物から外には出られない 外の景色は住んでいた風景によく似ていたが、太陽と月が二つでは無かった 魔王がなぜ現れるのに、数年から数十年かかるのか。 そもそもなぜ魔王が現れるのか。 勇者となった幼馴染に捨てられた時、僕が絶望して身を投げた事で、僕が魔王になるはずだったのか? なんて事も思った 色男が魔物で、例えば王になるような人物だったのなら、執事やメイド達の態度に納得がいくのだ 色男が時折見せる、王のような雰囲気。 王に傅くかのような態度の執事達。 先ほどの慌てようからして、私が逃げると思ったのだろうか? そして魔王を拒絶するとでも思ったのだろうか? むくりを頭を上げ、こちら見上げる色男の目はいつもの青では無かった。 蛇のような目で、赤い 血のような赤い目だ 山羊のようにゴツゴツと太く、クルンとなった角 吸血鬼のように鋭く長い犬歯が、口から覗いている 「はぁぁ、カッコいい」 いつもの野生み溢れる色男も良いが、 いかにも魔王だと言わんばかりの風貌に、ときめく心が止められそうにない 「こ、怖くはないのか?」 「全然怖くない、むしろいつも以上にカッコ良すぎて、私の旦那になって欲しいくらいだ」 呆然とした顔の魔王 クシャッと泣き笑いの魔王 この大きな男、しかも職業魔王が可愛く思える私は、変わり者なのだろうか? 「恋人から夫婦に変更だな」 耳に流れ込むのは やっぱり甘くて、沈んで溺れてしまいそうなほどの重量を持った愛の言葉 この愛おしくて可愛い魔王が、拒絶されて、捨てられた時暴れ出して居たのだろうか? それとも自暴自棄になった僕が魔王となり暴れていたのだろうか? 延々ときりが無いことを考え続ける必要はないと思い直す この可愛い私だけの魔王を愛すことだけを考えよう これが私のハッピーエンド

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