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第1章 4

 俺はアルバムを脇に置くと壱星の手首を掴み、真っ直ぐその目を覗き込んだ。 「壱星、重森真宙と付き合ってた?」 「……ち、違う」 「ずっと片想いだったの?それともセフレとか?こいつと寝たことある?」 「やめて、そんな話、もうっ――」  壱星の言葉を遮るように立ち上がると、公約の紙を高く掲げた。こうしてしまえばチビの壱星には絶対に届かない。 「智暁君、お願い……」  眉間に皺を寄せて俺を睨む壱星の瞳が悲しそうに揺れる。 「なぁ、壱星。正直に答えて。今でもこいつのことが好き?」 「……そんなことない」 「じゃあ、何でこれ大事に取ってあんの?」 「……忘れてただけだよ」 「本当に?」 「本当に……」 「それなら、これはもういらないな」 「あっ……」  グシャッと音を立てて、手の中の紙切れを握り潰す。  手紙でも写真でもなく、印刷された生徒会長選挙の公約なんて物を残しておくような相手――きっと、どれだけ恋い焦がれても手の届かない存在だったんだろう。  そう思うと無性に腹が立つ。そういう存在は元カレよりも質が悪い。特に、今の俺にとっては……。 「壱星、そんな顔すんなよ。そんなに重森真宙が好きだった?」 「智暁君、違う。俺は……」 「何が違うの?好きだったんだろ?だからこんなもん持ってんだろ?なぁ、どんな奴だった?何て呼ばれてた?キスしたことは?重森って奴は壱星のこと――」 「やめてっ!」  壱星は大きな声で俺を制すると、顔を俯けて俺のシャツの胸元をぎゅっと握り締めた。 「智暁君、ごめん……もうやめて……」 「泣くなよ、壱星。俺がいるのにこんな物持ってるなんて、泣きたいのは俺の方だよ。なぁ、正直に答えろよ。今もこいつのことが好きなんだろ?」 「違う。そんなことない……。智暁君、俺は、ほんとに智暁君のことが……」 「口では何とでも言えるよな」  顎に手を当て、壱星の顔を上げさせると、真っ赤に染まった目元から溢れた涙が滑らかな頬を伝う。 「証明してみせてよ。今は重森真宙のこと何とも思ってないって」 「……そんな……どうしたら、いいの?」  震えながら言葉を紡ぐ唇を親指でなぞり、考える。  心の奥に塞ぎ込んだ、叶わなかった恋心を無理やり引き摺り出されるのがどれだけ苦しいことなのか、それは俺にもわかる。  いや、むしろ、今の俺だからこそ、それが痛いほどわかる。かつて、俺も同じように不毛な恋をしていたから。そのことを今日、思い出してしまったから。  だから、壱星にもこの痛みを感じてほしい。  俺が、この俺が感じる痛みを、苦しみを、もどかしさを、腹立たしさを、壱星に押し付けてしまいたい。  そのために……壱星を傷つけるために、俺は考えつく最低な方法を口にする。 「そうだな、壱星。……俺のこと、重森真宙だと思って接してみてよ。今日はそれでエッチしよう」 「……は?」  壱星の眉が不快感を示してピクピクと動く。 「そいつのこと、もう何とも思ってないなら別にいいだろ?なりきりセックスってヤツだよ。なぁ、重森のこと何て呼んでた?」 「智暁君、何で……意味がわからない。何でそんなこと……」 「いいからやれよ、壱星。俺のこと好きなんだろ?重森真宙のことはもういいんだろ?なら、それを証明してみせろよ」 「ちあ――」 「違う。智暁じゃないだろ」  そう言いながら壱星の唇をキスで塞ぐと、しょっぱい涙の味がした。  意外なことに、腕の中の壱星は一切抵抗する様子を見せなかった。それどころか、次第に激しく俺の舌に絡みついてくる。  顔を離すと、濡れた睫毛がゆっくりと誘うように持ち上がった。 「なんだよ、やっぱ乗り気なんじゃん。……なぁ、俺は誰?今お前とキスしたのは誰?昔みたいに名前呼んでよ」 「…………しっ、重森っ、先輩」  泣いていたせいなのか、夢中でキスをしたせいなのか、壱星は喘ぐようにその名前を口にした。その姿は苦しそうなのにどこか官能的で、俺はごくりと唾を飲み込む。 「それで……俺はお前を何て呼んでたっけ?」 「砂原です……砂原って、重森先輩は……」  うっとりとした瞳に、俺はどんな風に映っているんだろう。そこに映っているのは本当に俺か、それとも重森真宙か。  いや、そんなことはどうでもいい。それくらい俺はこの異様な状況に興奮していた。  早くこのまま、傷口に塩を塗り合って、痛みと快感で全てを忘れてしまいたい。

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