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第2章 1
大型のプリンターが規則正しいリズムで紙を吐き出していく音を聞きながら、コピーの原本に載っている化学の問題を頭の中で解いていく。
今日は土曜日でいつも通り塾のバイトに来ており、今は先生に頼まれたプリントのコピーをとっているところだ。
「桜川さーん、質問に来ましたー」
名前を呼ばれて振り返ると窓口には2人組の女子生徒が訪れており、俺に向かって笑顔で手を振っていた。春休みからこの塾に通っている生徒で、いつも2人一緒に質問に来る。
「何?授業の質問なら先生にしろよ」
「えー、でも、桜川さんの方が教え方うまいし。ね?」
「そうそう。この問題なんですけどー」
有無を言わせず数学の問題集を広げると、彼女たちは取り留めのない口調で話し始めた。俺はその女子高生特有の無敵感につい気圧されてしまう。……いや、女子に限らないか。俺も高校生の頃は今よりずっと無敵なつもりだった。懐かしい気持ちが込み上げてきて、俺はできるだけ丁寧に話を聞いた。
一通り解法の説明をしてやると、2人は満足した様子で質問を切り上げた。
「ありがとうございまーす。ねぇ、そう言えば桜川さんって彼女いるんですか?」
「急に何?プライベートな質問には答えないけど」
「えー、でも、大学生活の参考にしたいじゃん。モチベーションに繋がるっていうか。ね?」
「そうそう。ってか、言えないってことはいるんだよね?いいなー、うちらも大学入ったら絶対彼氏作ろうって話しててー」
またしてもベラベラと話し始める2人を適当にあしらって自習室に追い返すと、今度は隣の席に座っている女子大生のチューターに話し掛けられる。
「で、桜川さん彼女いるの?」
「え、なんすか、田中さんまで。まぁ……いますよ」
先日、蒼空に対してそう言ったことを思い出しながら答える。この人と蒼空に面識はないけど、何となく矛盾したことを言いたくなかった。
「なんか変な間があったけど。まぁ、でも、そうなんだ。桜川さん、モテそうだもんね」
「……俺が?まさか、全然」
「ほんと?背も高いし頭もいいのに」
「あぁ、顔とか性格じゃないんですね?」
「うわー、そういうとこだ。黙ってればモテると思う」
そう言うとその人は楽しそうに笑い、面談用か何かの資料に視線を戻した。
黙ってればモテる、そう言われたことは今までもあった。わざわざそんなこと言ってくる方が性格悪いと思うけど……。
◇◇◇
バイトからの帰り道、スマホに出てきた広告を見て、数年前に流行ったゾンビ物の映画の続編が公開されていることに気が付いた。前作は蒼空も含めた数人で観に行って、結構面白かった記憶がある。
たまには壱星と映画でも、そんな気持ちになりメッセージアプリを開く。明日の予定を確認すると、すぐに「空いてるよ」と返信が来た。映画のタイトルを打ち込みながら、映画館のある場所と以前壱星が行きたいと言っていたプロジェクションマッピングをやっている城が近いことに気が付いた。
壱星は、こんな性格の悪い俺のことを好いてくれている。そのことが嬉しくて、俺は映画のついでにプロジェクションマッピングも見に行こうと誘ってみた。数秒で返ってくる返信を見て、壱星の喜ぶ姿が目に浮かぶ。
こういう行動の裏側には、先日、壱星を乱暴に求めたことへの罪滅ぼしの意識があることは自覚していた。だけど、それの何が悪い。そもそも壱星は俺に学校でフェラしたことも、キスマークを付けられたことも嫌がっていなかった。
ふと、蒼空に言われた「大事にしてやれよ」という言葉が浮かぶ。
俺は壱星を大事にできているんだろうか。……いや、俺と壱星には、俺達のやり方があるんだ。壱星が喜んでるんだから、これでいいに決まっている。
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