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第2章 13
「何してんのー?智暁も今帰り?」
「うん。そこで晩飯食ってきた。……蒼空は?」
「妹に頼まれた参考書買いに本屋寄ってた」
そう言うと蒼空は手に持っていた袋を掲げて見せた。
「あぁ、そうなんだ……」
「ナイスタイミングだな!智暁、一緒に帰ろうぜ!」
何となく逃げ出したくなった俺に対して、蒼空は捕まえるようにガバッと肩を組んでくる。
急に体が触れ合ったせいなのか、鼓動が高まる。……違う。別に蒼空のことを意識してるんじゃなくて、ただ、壱星のことがあったから人肌恋しくて、だから……。
「はぁ?1人で帰れよ」
緊張しているのがバレないように、俺は突き放すようなことを言う。
「なんだよ、冷たいな。ってか、家近すぎて無理だろ」
蒼空はそんな俺のことを笑い飛ばして、肩を組んだまま歩き出した。
「離せよ。ってか、さっき餃子食ったから口臭いかも」
「うわ、マジだ。最悪。あー、俺も腹減ったな」
そう言いながらも離してくれない蒼空の腕を無理やり振り解く。楽しそうな蒼空の笑い声を聞いていると、さっきまで感じていた変な胸の高鳴りも、壱星に対する違和感もすぐに忘れてしまえそうだった。
ふざけ合いながら駅前の駐輪場に向かい、自転車を引き出して出入口で蒼空を待つ。
「……なぁ、智暁。この後まだ時間ある?」
すぐに出てきた蒼空は、優しい笑顔でそう言った。
「あるけど……どっか行くの?」
「どっかってわけじゃないけど。もうちょっと喋りたくて」
ドキッと心臓が跳ね上がる音が聞こえそうだった。
「……それならチャリ乗る前に言えよ。帰る途中に店とかないだろ」
表情を見られないよう無意味に後ろを振り返りながら、俺は敢えて反抗的なことを言う。
「ははっ、それもそうだな。まぁ、でも、今日あったかいし、公園とかでいいかな」
「公園?小学生かよ」
「そこのコンビニでコーヒー牛乳買ってやるよ。智暁が毎日飲んでたやつ」
「俺それもう卒業したから。今はカフェラテしか飲まない」
蒼空は弾むような声で笑い、「大差ないだろ」と言いながら自転車を漕ぎ出した。
◇◇◇
結局、家のすぐ近くの公園で俺たちはブランコに腰を下ろした。座面は小さいし、地面に付きそうなくらい低くて座り心地の悪いその場所で、蒼空に買ってもらったカフェラテにストローを突き刺す。せっかくだから1番高級な物を買わせてやった。
「はぁー、それ何でマシンで入れるやつより高いの?ちょっとしか入ってないのに200円もするなんて」
「198円な。でも、こないだ俺が学食で奢ったカレーの方が高かった」
「相変わらず細かいな、智暁は。俺だってデザートバイキングでお前の分も払ったの忘れてねぇから」
「いつの話してんの?高2だっけ?」
「高2の秋だよ。地区大会で負けたストレスを発散したいって智暁が言うから……」
しばらくそうして取り留めのない思い出話をしていたが、ふいに蒼空が押し黙り、小さく咳ばらいをするとじっと俺の方を見つめて口を開いた。
「ってかさ、智暁、何かあったろ?」
「……は?」
サアッと涼しい風が吹き抜けて、癖のある髪が揺れる。風に乗って届いた蒼空の匂いが俺を包み、ぎゅっと胸を締め付ける。
「意味わからん。何かって何よ」
咄嗟に顔を背けたが、もう手遅れだった。薄明りに照らされた蒼空の優しい眼差しが脳裏に焼き付いて離れず、なぜか涙が込み上げてくる。
「いや、知るかよ。むしろ俺が聞いてんだよ……っと。おぉ、これ結構怖いな。ってか、頭打つわ」
ギシっと鎖の軋む音とともに、楽しそうな蒼空の声が頭上から聞こえる。ブランコの上に立ち上がったようだ。
「言いたくないなら別に言わなくていいけど。元気ないから気になって」
ぴょんとブランコから飛び降りると、蒼空はこちらに向き直り俺の頭へ手を伸ばした。
「……よしよし。智暁はいつも頑張ってて偉い」
「なっ……何だよ、子供じゃないんだから」
「そう?智暁の子供っぽいところ、俺は好きだよ」
優しく頭を撫でられるのが心地よくて、俺はその手を払いのけることもできずに、ただ下を向いた。何か他のことを考えなければおかしなことを口走ってしまいそうで、目を閉じて靴の裏に感じるザリザリとした砂の感触に意識を集中させる。
触れてないのにくすぐったい。あぁ、もう、気持ち悪い。どうして。こんなこと思っちゃいけないのに。嬉しい……。やめろよ。好きだよ、なんて。何でそんなこと言うんだよ。俺の気も知らずに。どうして、俺は……。
蒼空のこと、もう諦めたはずなのに……。
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