33 / 40

赤髪の花婿・6

「……わたしは、間違えてしまったのでしょうか」 青明はひとり、宿屋の部屋にあった。 どれほど滞在するか分からないので、商人が長期滞在をするためのそこそこよい部屋を借りた。 専用の湯室がついており、部屋も寝室と居間と分かれている。居間では商談が出来るよう、複数の椅子が置かれていた。 (もともと……商いをしようとは思っていましたし) そう言い聞かせても、虚しさは寄せる波のように胸に満ちていく。 「はあ……」 ついたため息が、やけに冷たく感じられた。 血の通った人間とは思えないほど、冷え切っているようだ。 ふいに、兄から贈られた首飾りに触れてみる。光の加減で青から紫へと表情を変える美しい石。 それを見ていると、なんだかほっとした。 「……あ」 そこで思い出した。紫明が、別れ際にかすかに呟いた言葉を。 ――幼いきみたちは、いつになったら自覚をするんだろうね。 まさか兄が言っていたのはこのことだったのだろうか。 ただ一緒にいたいという理由だけで旅立つ若者に……現実を見えていない、若者たちへの、あの言葉。 「兄様が言いたかった……ことは……」 今の二人の関係が、いつ崩れるかもわからない砂城のようなものだと。 ……放蕩していたとはいえ、世のことに関すれば兄の方が術は上だろう。 「……悩んでいても仕方がない……。この辺りの物流を見て回りましょう」 まだこの近辺の特産品さえも、調べられていない。 青明は気持ちを切り替えて外へ出ると、賑やかな通りに向かった。 幸い市場は活気があり、前都市のようなことにはならないだろう。ここで、赤伯がどのような統治をとるのか……という興味を振り払って、店先に並ぶ品物に目を落とす。 (また、赤伯さまのこと考えて……わたしはわたしの仕事に専念しなくては) 青明は赤伯のことを忘れるように、店や露店を一つ一つ丁寧にめぐり始めた。のだが―― 「おー! 賑やかだなあ」 太守の官服に身を包んだ赤伯が、きょろきょろとしながら言う。隣に控えるのは、新補佐である翠佳だ。 青明は姿が見つからないよう、咄嗟に店と店の間にできる物陰に身を寄せた。 「父は、商いにとても力をいれておりましたの」 「そうなのか。俺も前の都市では開墾と流通を頑張ったから、こういうのは見てるだけでわくわくしてくるよ」 「まあ、そうでしたのね」 なぜ……こんな後ろめたい気持ちで隠れなければならないのか。 青明は辟易しながらも、息を殺して彼らが去るのを待った。 「翠佳のお父さんとは気が合いそうだな!」 「……あら、そんな」 翠佳は珠の白肌を、芙蓉の花びらのように、可憐に染める。 「元気になったら会わせてくれよ、翠佳のお父さんに」 「……ええ、あの、父の病がよくなりましたら。ぜひに」 長いまつ毛を伏せてはにかむ翠佳、太陽のような笑顔を見せる赤伯。 年頃の男女が並んでいるその様は、主従ではなく、まるで。 「あら、太守様。紐がよれてらっしゃいますわ」 「お、ほんとだ」 赤伯の官服を見て、翠佳が微笑む。そしてそんな翠佳を見て、赤伯が白い歯を見せる。 「……っ」 なぜこんなに、おかしなことばかり考えてしまうのだろう。 青明は自身の感情にも彼らの姿にも耐えられず、ついにその場から逃げ出した。

ともだちにシェアしよう!