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赤髪の花婿・9

何度目かの問いかけを繰り返して、青明は赤伯を見つめた。金色の瞳は、それを見返して細く笑う。 「あ、もうちょっとで掃除終わるからさ。少しでいいから、太守館に来てくれないか?」 赤伯はてきぱきと掃き掃除を終えると、青明を連れて太守館へ歩きだした。 あまり気の乗らない元補佐の手を取り、赤伯は一歩先を歩く。 薄暗い黄昏時に、彼らの姿をじろじろと見る者もいない。にぎわう酒場の人々は、日々の生活を謳うことに夢中になっている。 こうして手を重ねて歩くこと自体、いままでしたことはない。 青明の手はどこか冷たくて、けれど子供のような体温の赤伯にとっては、それが心地よかった。 「……なあ、青明、聞いてるか?」 「えっ……あ、はい」 「うそだ。聞いてねえ……」 やがて太守館にたどりつくと、太守の私室である寝室に入った。わずかに空気が重く軋む。 「どうしてここまで。外で、出来ない話なのですか」 「……なあ、俺さ……青明をここに誘うとき、言ったよな」 赤伯は寝台に腰かけると、らしくなくうつむき加減に口を開いた。いつもなら真っ直ぐに見つめられる青い瞳が、いまの赤伯には、なぜかこわかった。 「新しい都市にも補佐はいる、でも、俺を支えられるのは青明だけだって……」 「……確かに、わたしはその言葉を聞きました」 「じゃあっ」 跳ねるように顔を上げた赤伯を射抜いたのは、鋭い針のような視線だった。 まるで出会った頃の、心を凍らせた青明の冷ややかな視線が、容赦なく突き刺さる。 「……やはりわたし達は子供だったのだと、ここへ来て実感しました」 「青明……」 「夢を見ていたんですよ。そんなことが叶うわけない……友人という関係には、限界があります」 「……おい、青明」 赤伯の心がささくれだち、小さな怒りが走る。 「太守さまは、お気付きでないのですか?」 「分からないほど、馬鹿じゃない! 青明はもう補佐じゃないし、俺たちは――」 「そうではありませんよ。太守さま」 青明はそっと赤伯に寄ると、切りっぱなしのかたい頭髪に触れる。 「あなたの補佐をされている翠佳さま……あのお嬢さんは、あなたを悪く思っていません」 「……え?」 「彼女のご両親は太守と補佐……その生まれであればきっと、自分もそうなると……願わない乙女心ではないでしょう?」 手のひらが髪を撫でながら、ゆっくり離れていく。 「あなたと夫婦になることを望んでいるはずです。太守さまも、身を固めてもおかしくない齢ですし……」 「ちょ、ちょっと待て! なんで青明がそんなこと言うんだ?」 「わたしは……何も間違ったことを申し上げたつもりはありません」 「なんでだよ……っ」 いまにも肩を掴み、食ってかかりそうになるのを、膝頭を強く握って抑える。心臓がどくどくと、激しく鳴った。 「太守さまには太守さまの人生が、わたしにはわたしの人生がある……ということです。分かりましたか?」 「分からない……だってそれじゃ、どうして青明の人生を曲げてまでここに連れてきたのか、それこそ分からないじゃないか!」 「ですから、まだ子供だったのですよ。二人そろって……ね」 ついに堪えきれず立ち上がり、青明の手首を掴もうとするが、それは指先をすり抜けていく。 青明は自ら軽く手首を握ると、赤伯を見た。 「……わたしのことを女のように囲うつもりでしたか?」 「青明!」 「ねえ、赤伯さま。友情ってなんなのでしょうね」 一度堰を切ってしまった感情は、言いたくもない言葉を伴って洪水を起こす。 「わたしは宿へ戻ります。おやすみなさいませ」 「青明! 待てって……青明……」 手を伸ばしたまま、赤伯は立ち尽くす。 追いかける勇気も持てない、情けなさに心は嵐のように荒れた。

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