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第1話
本物の空は目に刺さる青。これ程までに鮮やかな青が存在するなんて。
友人が俺を呼ぶ。不必要に馬鹿でかい声で。
「シェルターの外ってこんなに眩しいのかよ。目がチカチカしねぇか? なぁ、アオ」
「ああ、そうだな……」
たった一言口にするだけで視界が滲む。
周りを窺う。打ち震えている奴や目を覆って泣いているのを隠している奴ばかり。
当たり前か。俺たちはこの空に至るために訓練に耐えてきたのだから。
友人はまたしても馬鹿でかい声で俺を呼んだ。
「おいアオ、見ろ! あれ!」
「うるせぇ。そんなにでかい声出さなくても聞こえる」
「あっち見ろ! 自律型戦闘人形がリアルに居るんだぞ!」
友人が指をさす。その50m先には10人の女の子がゆっくり歩いている。どの子も美術品じみた容姿をしている。地上のアイドルなんて比にならない美貌だ。
友人の馬鹿でかい声は彼女たちの耳に届いたらしい。何人かが俺たちへ向けて手を振ってくれた。
そのとき、彼女たちのすぐ後ろを背が高い青年が通りがかった。女の子と比べると頭二つ分は身長が高い。
青年は手を振る女の子たちを見下ろし、不思議そうな顔を浮かべる。青年は顔を上げた。そして50m先にいる俺たちに視線を向ける。その目は空の色と同じ鮮やかな青だった。
その後の記憶があやふやだ。あれから基地内を案内されたのだろう。たぶん。そうだ。そうに違いない。
段ボールに入ったままの荷物を横目にベッドに倒れ込む。
あのとき通りかかった青年は何者なのか。あれほど鮮やかな青い目をした人間がいるとは思えない。
手を振ってくれた女の子たちと同じく自律型戦闘人形なんだろうか。
だとしたら、俺たちの搭乗機になる可能性もあるのか。
搭乗できたらいいよなぁ。
人間態があれほど魅力的なら、機神兵態も間違いなく格好良いはずだ。
なんて考えているうちに起床アラームが鳴った。寝不足のまま制服に着替えて自室を出る。
ドアを開いた途端、首を傾げた。廊下に漂う空気が浮ついているからだ。
正しくは廊下を行き交う新任操縦士がことごとく浮ついている。誰も彼も頬を赤らめて、よたよた歩いている。傍目には異常事態にしか見えない。
よたよた歩いている中に友人を見つけた。
「おい、川西どうしたんだ」
返事がない。友人は俺を無視して行き過ぎようとする。仕方なく前に回り込んでみる。
「目を覚ませ!」
「何でリリちゃんがアオに変わったんだよ! リリちゃんを返せ!」
何を言っているのか分からない。
「……リリちゃんって誰だ?」
「は? リリちゃんは自律型戦闘人形のLー11に決まってんだろ。アオ、昨日配られた自律型戦闘人形の一覧見てねーのか?」
そう言って友人はスマートウォッチを操作してホログラフィを起動した。現れたのは桃色の髪の美少女。
ようやく俺は自室に至るまでの流れを思い出した。
「……まさかと思うが、今から搭乗機を決めないとならないのか」
「当たり前だろ。アオ、まだ決めてねーのか?」
搭乗機なんて決めているわけがない。たった今それを思い出したのだから。
けれど、集合時刻までに調べている暇はない。気づけば夢見心地だった奴らも集合地点へ向かっている。
「アオ、ボーッとしてんじゃねーよ。急がねーと間に合わないぞ」
さっきまでボーッとしていたのは誰だよ。
集合地点には数多の操縦士と数多の美しい自律型戦闘人形が整列していた。向かい合う両者は落ち着かなさを隠しきれずにソワソワしている。
上官が古めかしい拡声器に向かって怒鳴る。
「搭乗する自律型戦闘人形を選べ。自分の手足となる機体だ。慎重に選ぶように」
俺以外の新任操縦士は少女の姿の自律型戦闘人形の方へ早足で進んでいく。そして彼女たちの前で跪いた。
古い映像で見たプロポーズのやり方そのもの。現実味がない。
そもそも、俺はまだ搭乗する自律型戦闘人形の候補を把握していない。だから選びようがない。
「君はまだ迷っているのか」
「あ、はい。すみません……」
硬い声音。お叱りだと思い咄嗟に頭を下げる。
「謝る必要はない。指揮官が言う通り、機体は慎重に選ぶべきだ」
声の主は硬い声音を和らげずに言った。
「ありがとうございます。あなたは……」
顔を上げた途端に心臓が爆ぜた。目の前にいたのは昨日の青年。あの鮮やかな青い目が俺を映している。
「当機の呼称を訊ねているのであればαー1、個体名クレドと言う」
やっぱり自律型戦闘人形だったんだ。だとしたら、今言わないと。
「あの、俺は、あなたに搭乗したい、と思う。けど……」
尻すぼみになってしまう。勢いで言い出したものの操縦できる気がしない。
人間態の身長と機神兵態の寸法は比例する。恐らく彼は大型機に該当する。訓練校のシミュレーターは平均的な機体をモデルにしている。操作感は多少異なるだろう。
それに、これ程に魅力的な自律型戦闘人形に先約が居ないとは思えない。恐らく、先約が既に居るのだろう。
けれど、諦めるには彼の目に惹かれ過ぎている。
自分を奮い立たせて次の言葉を放つ。
「駄目なら断わってくれて構わない、ので……」
彼は逡巡のような動きをした。それから慎重そうに口を開く。
「当機に操縦士は居ない。故に当機は操縦士を必要としている。しかし、当機は他の機体と仕様が大幅に異なる。その点を承知して貰えるだろうか」
「分かった。それなら乗りこなすまで訓練に付き合ってくれるか?」
「無論だ。君が当機を問題なく操縦できるようにする。……ああ、この場合は右だったか」
彼は太腿のポーチからベージュのゴム状のものを取り出し、装甲に覆われている右手にはめた。
「握手はこれでいいだろうか。友好を示すのは右だと聞いた。そして握手をする場合は素手で行うのだと聞いた。当機の場合は素手に似せて対応している」
差し出された掌は何も言わなければ逞しい男の素手そのものに見えた。もっとも、握り返した触り心地は人の手より硬かったけれど。
「君の呼称を教えて欲しい」
「東雲青。アオでいいよ」
「承知した。アオ、以後そう呼ぼう」
産まれてからずっと呼ばれてきた名前。初めてそれを心地よい響きだと感じた。抑揚のない合成音声のバリトン。また呼ばれたいと思った。
「まずは搭乗機登録が必要になる。スマートウォッチを当機の胸部に近づけて欲しい」
「分かった。これでいいか?」
手首のスマートウォッチをクレドの胸部にかざす。ホログラフィが現れて認証が始まる。
『新規登録開始。操縦士と操縦機、両者の掌を合わせてください』
案内音声に促されて俺とクレドは掌を合わせる。硬く冷たい鋼鉄の掌。俺の掌より一回り以上大きい。何となくその差が気恥ずかしくなった。
『承認しました。両者の掌を離してください』
こうして搭乗機登録が完了した。
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