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隣国から嫁いできた皇女の名は、ミッシェル・リジェという。
勝気な女で、性格を現わしているかのような赤い髪に金色の瞳は狼のようだった。
女が嫁いできた理由だが、同盟を組んだ大国が今後の友情の証にと送り込んできた25番目の娘だった。それがミッシェルだ。生まれも育ちも勿論違うが……性格はお互い負けず嫌いで気性の激しさはそっくりだった。性格でも違えば上手くいったかもしれないが──政略結婚である二人の間には愛は生まれず、己の性格よりもキツいミッシェルの性格に辟易した。
その彼女が唯一国から連れてきた侍女がいた。
侍女は幼い頃からミッシェルの親友で、彼女の乳母の一人娘だ。一人で見知らぬ国へ行く親友に連れ添って故郷を捨てて付いてきたという。ミッシェルとは真逆で、物静かで清楚な女性だった。左足の付け根にあるの二つの小さな黒子が印象的で――……俺は彼女に癒しを求めた。
「──ちょっと待ってください」
話の端を折って、俺は右手を上げた。
「足の付け根の黒子なんて、裸にひん剥かなきゃ見れませんよね」
「俺と侍女は恋仲になったからな。身体の関係を持ったんだ」
「最低ですね」
黒田社長は眉を顰めムッとした表情を浮かべた。
何もおかしな事は言っていない。思った事を俺は言ったつもりだった。それを上司に言ったのは問題があるかもしれないが……彼が聞いて欲しいと言ったのだ、チャチャ入れるくらい許してくれたって構わないだろ。
「どこのお国なのか知りませんけど、お城に住んでいて皇帝っていうくらいですから国同士の結婚はお互いの国の利益の為でしょう。しかし、そうだからと言って王妃を蔑ろにする事は許されない筈。それを貴方は蔑ろにし、しかも王妃の侍女に手を出した。彼女が妊娠でもすりゃ、継承権やら彼女の家柄云々やら王妃のプライドやら荒れるでしょう──そりゃ怒りを買うに決まってますよ」
社長はバツが悪そうな顔を一瞬だけ浮かべるも、真剣な眼差しで俺を見てきた。
「本気で愛してたんだ。一生を賭けて彼女に恋をした。だが、花川の言う通り……俺の行動のせいで彼女を不幸にしてしまったんだ」
彼は目を伏せる。胸元を掴む手は微かに震えていて俺は思わず息を呑んだ。
黒田社長がこんなにも辛そうにしているのを、俺は初めてみた。
「何があったんですか?」
気付いたら、そう訊ねていた。
ただの妄想話なのに、今思えば話にのめり込んでいたのかもしれない。彼の表情があまりにも切羽詰まっていて、苦しそうで……本当の出来事を聞いているような感覚に俺は陥っていた。
「──俺は毒を盛られたんだ」
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