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小島くんのバニーさん
『パークサイドホテル一〇〇六号室で、今夜八時お待ちしています』
ぷるぷる震える指先で、メッセージアプリの送信ボタンを押した。
こんにちは。小島陸です。
今日織江課長に、遊んでくれるって言われたから、前々から準備していたあれこれを発動させて、最後の仕上げのメッセージを送ったところ。
どうしよう。どうしよう、やっちゃったよ俺。
いいのかな。織江課長にこんなことしちゃっていいのかな。
でも、遊んでくれるって言ってたし。遊び心は人一倍ある人だし。嫌だったら断ってくれる人だし。
大丈夫! 安心して爆発しろ俺の煩悩!
◇ ◇ ◇
「で? どうしたんだ陸。陸がホテルまで取ってくれるなんて珍しいじゃねぇか」
仕事上がりに部屋に来てくれた織江課長……いや、環さんは、バッグを置くと俺を軽く抱いて額にキスをした。
はぅ、軽いハグでよかった。きつく抱かれたら、緊張のあまり鼓動が早くなってるのがばれちゃうところだった。
準備、大丈夫だよな? 肝心のアレ、ちゃんと持ってきたよな?
思わず環さんから視線をずらして、バッグをちらりと見た。
「ん? どうした陸。何かあったか?」
「い! いえ! 何もないです」
「そうか? 仕事で顧客に無茶言われた時の顔してるぞ。なんかあったなら早めに言えよ?」
へへ。環さんには隠し事できないや。俺のこと、ちゃんと見てくれてるから。
「なんだよ、なんで笑うんだよ」
「あの、環さんのお気持ちが嬉しくて」
「バーカ、別に普通だろ」
頭をぐりぐり撫でられる。こんな些細な絡みが嬉しくてたまらない。
でも今日は違う。今日は俺が可愛がられるんじゃなくて。
俺が! 環さんを! 可愛がる! そんな野望を抱いてきた!
「あの! 環さん、お願いが、その、あってですね」
予想はしてたけど、尻すぼみになる俺。気合入れろ!
「なんだ?」
環さんが首をかしげる。
俺はダッシュでバッグのところに走ると、『ソレ』を取り出した。
再び環さんの元に戻り、頭を下げながら『ソレ』を差し出した。
「お願いします! うさ耳、着けてください!」
環さんは爆笑した。
◇ ◇ ◇
「なんだよ、わざわざおっさんにうさ耳着けさせるために、ここまで用意したのか? ほんと、いい趣味してるよな、陸」
「絶対環さんに似合うと思うんです! それに、その、定番アイテム、じゃないですか」
「ん? コスチューム”プレイ“のか?」
ひぃぃ。あ、マンネリとかそんなんじゃないよ! 環さんとのそれに、俺が飽きるわけないじゃん! ただ、たまたまうさ耳が目に入った時、環さんが着けてるところが頭に浮かんだんだ。あの超カッコいい環さんでも、可愛くなるんじゃないかと思って。
環さんは笑い過ぎて浮かんだ涙を指で拭って、俺の手からコスプレアイテムを取った。
「ふーん。ご丁寧にベロアでできてんのな。触り心地いいじゃねぇか。お、形も変わるんだな」
環さんは、ジャケットを脱いでいつもの社内放浪スタイルになった。
体にぴったり合ったベストに、ワイシャツはアームクリップで袖上げ、細身のスラックスでスタイルのいいボディラインが際立ってる。そして、茶の髪からは黒のうさ耳がすっと立っている。
はうぅぅぅ……、やっば。うさ耳着けてもカッコいいんだ……。
俺がうっとり見惚れていると、環さんはついと洗面所の鏡を見に行った。
鏡をしげしげ見ると、ネクタイを解き、引っかけたままベストとワイシャツの前を開けた。
鍛えた胸筋と腹筋がお目見えする。俺の貧弱な胸がどきりと跳ね上がる。
「どうだ? ああそうだ、うさぎは喜んでる時、耳を立てるらしいぜ」
ふにふにと器用に指先で、軽く反るくらいに耳の形を整える。
「これでいいだろ。感想は? って聞くまでもないな」
「ぇ、あ、う、ちょ、ちょっと頭を冷やしてきます!」
勃っちゃった俺は、急いでトイレに飛び込もうとした。もちろん顔は熱い。
「駄目だ陸。遊んでやるからこっちに来い」
腕を掴まれて、ベッドに押し倒される。
うわわわわ! 目が回る!
頭真っ白、顔真っ赤になった俺を見下ろして、環さんがニヒルに笑う。
「バニーになったのは俺なのに、なんで陸の方が可愛いんだよ」
「い、いや、環さん」
いろんな妄想が頭の中をぐるぐる回る。環さんと俺があれやこれやな妄想が……!
「え、えっちなこと……するんですか……?」
思わず口走っちゃった。言っちゃったよぅ……。
逃げようとする俺を押さえつけた環さんは、真顔で顔を近づけてきた。そんなの見惚れちゃうから、だから、やめてください!
「だぁから逃げんな陸。可愛い陸に俺も勃っちまったんだ、責任とれ」
にやりと笑う環さんに、視線も心も奪われる。ここはどこの天国ですか……。
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