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運命の赤い糸に縛られました(物理)。

 運命の赤い糸って、信じてるひといる?  引くかもしれないけど、俺は断然信じてる。というか、実際見えてる。  何言ってんだって思うだろ? でも俺にはカップルが成立する直前、互いの小指から伸びた赤い糸が、絡まろうとする場面が見えるんだ。冗談ではなく。 「……なーんて。言っても誰も信じないよなぁ」  俺は自分の右手の小指を見ながらそう呟いた。この時期、どうしても気になるこの手の話題。そう、バレンタインだ。  俺の赤い糸は運命の人を探してふよふよとさまよっている。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。  俺の気持ちとは関係なく動くその糸に、何となく意志を感じてしまい、愛着が湧いてしまった。お前も早く結ばれたがっているのか、と小声で言って小さく笑う。 「何笑ってんの?」  唐突に声をかけられて俺は声の主を見上げた。そこにはゼミでも学内でも人気の東堂(とうどう)がいる。  何でか知らないけどこの東堂、何もかも平凡な俺を構ってくるんだよな。理由を聞いたら「何か落ち着くから」だって。まあ、普段あれだけキラキラした女子に囲まれてちゃ、この汎用な俺の顔も珍しく映るんだろう。  東堂は俺の隣に座ると、目を細めた。優しいその眼差しに、良い奴だ、と俺も笑う。 「いや、この時期カップルが沢山できるだろ? 幸せそうでいいなって」 「え、何? 有栖川(ありすがわ)ってこの時期ソワソワしないの?」  この時期、というのは多分バレンタインを指しているんだろう。俺は小さく首を振る。 「だって、笑顔になるひとが増えるじゃないか」 「あはは、お前はほんと、お人好しだな」  東堂は笑った。  俺は知ってる。東堂がこの時期になると、周りの女子が殺気立っていくのを、うんざりして見ていることを。そしてそこから逃げるように、俺の所へ来ていることも。  モテる男の贅沢な悩みだな、なんて考えにはならなかった。俺には誰と誰がくっつくか分かるし、東堂の小指の先の糸が、まだ誰とも繋がっていないのも知っている。きっと今だって、東堂の赤い糸は相手を探してふよふよと漂って……。 「あれ?」  俺は思わず声を上げてしまった。東堂の糸の先が見えないのだ。 「どうした?」 「あ、いや……」  俺は慌てて取り繕う。さすがに糸が見えるんだという話はしなたくない。東堂と当たり障りのない会話をしつつ、俺は東堂の糸を目線だけで探した。  ──あった。東堂の後ろに隠れてた。お前は見た目によらずシャイなのか、なんて微笑ましくなって笑うと、その糸はこちらに伸びてくる。 「お前はなんて言うか……不思議ちゃんだな」 「……そう? 初めて言われたよそんなこと」  そう言って机に腕を乗せると、東堂の糸が俺の腕の近くまでやってきた。ん? こいつ俺に興味があるのかな、とその行く末を見守る。 「有栖川……」  東堂の糸を見ていたら、名前を呼ばれた。視線を合わせると、思ったより真剣な眼差しの彼がいる。 「こ、んどさ……」 「ん? 近藤さん?」  小さく呟いた東堂の声が聞こえなくて聞き返した。違う、と東堂は首を振る。珍しいな、東堂が躊躇うのって。  すると、東堂の糸が大きく動いて俺の手首に巻きついた。うわっと思ったけど声を上げる訳にもいかなくて、俺は机から腕を下ろす。見ると俺の糸の先に、しゅるしゅると絡まろうとしているじゃないか。  え? は? ……俺? あの、常に女子に囲まれているような東堂が俺に惚れてるのか?  思ってもみなかった展開に頭が忙しく動き始めた俺は、東堂の話を聞いていなかった。眉を下げて苦笑した東堂に向けて、慌てて両手を振る。 「ごめん、何だって?」 「今度、一緒にどこかへ遊びに行かないかって」 「え、う、うん。もちろんいいよ……」  この短い会話の間にも、東堂の糸は俺の手首にグルグルと巻きついていた。俺は何となくその数を数えてしまう。八、九、十……。十回だ。今までこんな絡み方をしている糸なんて見たことがなかったから、俺は戸惑っている。そしてこんなに積極的に俺の糸に絡みつこうとしてくるひとも、初めてだった。 「よし、じゃあ早速日にち決めよう」  嬉しそうに笑う東堂は、爽やかだ。この糸の絡み方から感じる束縛と執着は微塵も感じられない。 「じゃあ、有栖川の連絡先教えて……」  そうして俺たちは連絡先を交換し、遊びに行く約束をした。よ、良かったのかな? 東堂も悪いやつじゃないし、俺も彼を嫌ってはいない。友達としていい奴だと思っているから、この対応が自然だろう、うん。  でも、この運命の赤い糸が結ばれるのは、二人で遊びに行ったあと、もう少し先のお話。バレンタインは、恋が始まる前の甘いキッカケに過ぎなかった。 [完]  続きを思い付いてしまったので、そのうち長編として書きます! 気長にお待ちください(笑)

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