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オロ編・7

 ***  己の体の周辺がやたら騒がしい気がして、朝陽は重たい瞼を押し開いた。  音源の正体が分かるなり、朝陽はまた目を閉じる。いくら無視しようが耳に入ってくるものは入ってきて、今度耳栓でも買ってこようと心に決めた。 「ボクが朝陽の隣で寝るから将門こそあっちに行けよ!」 「トカゲにベッドは贅沢だろ。下で充分だ」 「うるっさい‼︎ そもそもお前らには睡眠自体が必要ねえだろうが!」  朝陽は起き上がるなり、問答無用で二人に霊力の塊をぶつけて強制的に黙らせる。  ベッドから降りようとすると、上手く立てずに朝陽は掛け布団ごと床に落下した。体は綺麗にされているし服も着せられているが、腰から下にうまく力が入らない。 「朝陽おはよう。コーヒー入れてあげる。体大丈夫?」  キュウに横抱きにされてテーブルの前まで運ばれる。問われた言葉の意味を理解した途端、朝陽はテーブルの上に突っ伏した。恥ずかし過ぎて顔を上げられない。これからもこういう機会が増えるのかと思うと気が重くなる。ただでさえ体力がない上に、負担がハンパない。後二人も番候補者が残っているのに今からこうでは先が思いやられる。 「俺どれくらいの間寝てた?」 「二時間くらいだよ」 「……なんか、ごめん」  朝陽がそう言うとキュウが驚いた顔をして見せた。 「どうして謝るの? 朝陽は巻き込まれただけでしょ。謝らなきゃいけないのは私たちの方だから。ごめんね、無理させちゃった」  表情を崩してキュウがはにかんだ。 「後、朝陽のカードちょっと借りちゃった」 「カード?」 「朝陽のタブレット端末使って大人の玩具選んでたら面白そうなの沢山あったから」  朗らかに言ってのけたキュウに殺意が芽生えた。さっきの謝罪の言葉を撤回したい。 「媚薬入りローションとか、ローターとか、アナルパールとか、尿道プラグとか」  ——おいコラこの馬鹿狐。人のクレジットカードで何買ってくれてんだ。 「もう知らん! こんなとこ出てってやる‼︎」  朝陽はスマホと財布と鍵をポケットにしまうと、震える足を無理やり立たせて部屋を飛び出した。 「おい、待て朝陽!」 「朝陽!」  追ってこようとしているのをアパートごと結界で包んで、番たちが追ってこれないようにする。  このまま奴らと一緒にいたら体の隅々まで二度と戻れない領域に至るまで開発されてしまいそうだ。そんなのはごめんだ。  朝陽は逃げた。今己に出来る範囲内で全力疾走した。向かった所は、言わずもがな博嗣の元である。  高校生らしき少年が朝陽を見て、振り返る。キュウとのやり取りで心底頭に来ていた朝陽は気が付いてもいない。その少年が食い入るように、朝陽とそのアパートを交互に見比べていた事に。 「見ーつけた」  少年の口角は、禍々しいまでに弧を描いて歪められていた。  家出した朝陽が自分の部屋に戻ったのは、もうすぐ月曜日へと日付けが変わる時間帯だった。 「朝陽、帰ってきた。良かった」  さすがにバツが悪そうにしている三人がいたが、朝陽は無視するなりベッドに潜り込んでそのまま出勤する起床時間まで寝入った。  自分の事だけで頭がいっぱいで、朝陽はずっとオロが黙っているのに気が付いてもいない。オロはフラリと外に出て行ってしまった。

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