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晴明編・7
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ガチャリ、と扉を開けるとオロが「お帰り朝陽~」と言いながら抱きついてきた。
「ただいま、オロ」
それを引き剥がした将門がオロを背後に放り投げる。
これもまた見慣れた光景になっていた。
随分な扱い方に苦笑しつつ、将門の後ろに視線をやるとキュウが居るのが見える。
「朝陽、またごめんね……」
耳と尻尾を出しながらしょげた表情をしていた。
——そう言えば俺、家出してたな。忘れてた。
悪かった、と言おうと口を開こうとすると、先に将門が口を開いた。
「悪かった。お前の都合を考えていなかった。今度からは仕事がない日にする」
「へ?」
まさか将門の口から謝罪の言葉を聞けるとは思ってもみなくて、目を瞬かせる。
「将門、俺……「と思っていたんだが、俺らを拒否った癖に、お前は別の男に抱かれてたんだな。俺はそれをどう許せばいい? あ゛あ゛?」……」
言葉尻を被せ、地を這うような低い声で告げられて、朝陽は謝罪する機会を奪われた。
一気に空気と治安が悪くなった。
とてつもなく怖い。
イケメンが怒ると凄みが違う。
「いえ、これはその……番契約してただけ……です。はい。断じて浮気じゃありません。すみませんでしたっ」
大滝の汗をかきながら、しどろもどろになって朝陽が答えると、将門が舌打ちした。
「よりにもよってコイツかよ」
「ふふ、お久しぶりです」
お互い面識はあるらしい。
朝陽としては物凄く気まずい。
部屋の中からはキュウの爆笑する声が聞こえてきた。
次の休日。朝陽は晴明に連れ出されていた。
博嗣無しで結界を張りに連れて行かれるのは初めてだ。
他人には晴明の姿は見えないので、朝陽が一人で神社巡りをしているようなものだった。
意気消沈してくる。
「ほら朝陽、手印はもっと素早く組む様にして。今日は慣らしにもう一箇所周りに行こうか」
「まだやるのかよ?」
いくら朝陽の霊力が底なしとは言え、今日だけで五件目だ。
体力は並以下の朝陽はそろそろ休憩に入りたかった。
「家に帰って5Pに発展するのを待つかい?」
「頑張って結界張りに行きます!」
涼しい顔で笑いを溢した晴明を見つめる。
「どうかしたかい?」
「いや、何で結界張ってんのかなーと思って」
問題はそこだった。
結界の修復とは聞かされているが、肝心の理由は知らされていない。
朝陽が全てやっているのだ。
理由くらいは知りたかった。
「ふふ。5Pになるのを避けたがってただろう? それに結界を壊して回っている輩がいるらしくてね。気になっていたんだ」
もしかして助けてくれたのだろうか、と思案する。
さりげない優しさが嬉しく感じた。
「結界が壊されるから俺の周りに国家転覆クラスの奴らが集まっているのか? じいさんが気にしてた」
「それは何とも……。朝陽の番が一人じゃなくなったのも、もしかしたら神格クラスの結界が同時に緩んでいたからかも知れないね。それに合わせて君が生まれてしまった。オレには嬉しい誤算だったよ」
手を伸ばされて顎先を撫でられる。
「君がもうオレだけのものじゃないのは寂しいけれど、今も存外に悪くないんだ。どうしてかな」
「それってどういう意味だ?」
長い沈黙が落ちた。
憂いを帯びた表情が何処か遠くを見るように細められる。
それは朝陽が生まれるよりずっと過去。
華守人として一カ月しか晴明と番えなかった六百年前の朝陽との物語。
想いを馳せて、晴明は〝現在〟の朝陽を見つめた。
「ねえ、君さぁ朝陽の事独り占めし過ぎじゃない?」
「わ!」
キュウが突然現れたと思いきや、後ろからは将門に抱きすくめられて、頭には小さくなったオロが降ってきた。
重さに耐えきれずに朝陽が地面に倒れる。
「重い……、お前ら、早く退け」
そう言うと、朝陽の体は将門に持ち上げられた。
その一方では、キュウ対晴明の言い合いが始まろうとしている。
「結界張るとか何とか言って、単に朝陽と二人っきりになりたいだけでしょ?」
「ふふ、バレていたのか」
——おい。
真剣に話を聞いていた己が馬鹿みたいだ。
朝陽は晴明を睨んだ。
「話に嘘はないよ。それにこうやって術を教えるのは朝陽を育てたいからだしね。朝陽は霊力の底が知れなくてゾクゾクする。とても育て甲斐があるよ」
今言われても胡散臭さの方が勝った。
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