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第1話
告白
ここまでしょうもない時間の使い方もめずらしい。こんな時間を過ごすぐらいなら、昼寝でもしているほうがよっぽど有意義だと思う。
待つ。ただ待つ。
彼が話始めるのを待つ。
大変お待たせしました、と店員が申し訳なさそうに言った。彼は小さく会釈してお礼を言った後、注文からたった20分で運ばれてきたグラタンを、スプーンもフォークも持たないで見つめている。黙りこくっている。
「黙っていないで、何か言ってよ。」
さっきから何度そう言っても彼は、のんびり瞬きするだけだ。腹が立つ気持ちを自分の体から出そうと息を吐いてみる。
湯気が減っていくグラタンと表情に変化のない彼の顔を見るのにはとっくに飽きている。
飽きているけれど、ほかにこれといって見るものもない。壁に小さく飾られている、よく分からない絵に視線を移した。
「君が好きなんだ。」
ちょうど目を離したときに聞こえてきたもんだから、彼が喋ったとは思えなかった。ゆっくり視線を彼に戻す。
「今なんか言った?」
彼はまた何も言わなくなる。店内でずっと流れている曲が、恋だ愛だと一生懸命歌っている。
もしかしたらこれと聞き間違えたのかもな、と思う。思い込むようにした。
彼の耳がさっきとは違って赤くなっているのに、俯いて俺の顔を見ないでいるのに、俺はまだ、さっきの声が彼だとは思えなかった。
彼と会ったのは大学に入ってからだった。
初めて会ったときからなんとなく、昔からずっと一緒にいる友だちのような気がしていた。小学校も中学校も高校も、全く違うのに思い出話をすると必ず盛り上がった。
彼が話す内容はいつも自分にとって身近なことだったし、彼がなんにも喋っていなくても、考えていることが分かるような感覚がいつもあった。
彼と向き合うのは、自分と向かい合っているよのようなものだった。
自分で自分に告白したのを想像してみる。底知れぬ気持ち悪さ。何をしているんだという呆れ。恥ずかしさ。偏った重みに耐えきれず、ぐらっと脳が揺れた。
———-
どうしようもない時間を過ごしてきた。諦めていてはダメだと、人生を何か意味のあるものにしたいと思っては、自分の意思が弱いせいで結局全てが無駄に終わった。
せめて、今日だけは有意義なことをしようと思ってきてみたのに。
何も言えないでいる俺を、目の前の彼がぼんやりした目で見つめてくる。
眠たそうだなと思ったら、せっかくこんな休日の昼間に時間を取ってもらってるのにと申し訳なくなってきて、余計に言葉が出なくなる。
「黙っていないで、何か言ってよ。」
しびれを切らして時々彼が言う。その声はいつもと同じで、淡々として落ち着いていて、きっと黙ったままの俺に怒っているんだろうけど、微塵も感情が入っていないように聞こえる。いつも通りにすっと耳に入ってきて、ふわふわと頭の中で漂った後消えていく。心地よい声だ。
彼の声をずっと聞いていたいと思った。自分だけに話しかけていて欲しい。それだけじゃなくて、自分だけには何か、もっと、他と違ったものを見せて欲しいとか。
そうかこれが恋だと気づいたのは1年前だ。
大学に入ってすぐ、一番最初に友だちになった彼と広すぎる大学内を隅から隅まで散策しているときだった。
俺とは少しも似ているところのない彼が、いったい何を考えているのか俺には全く分からなかった。分からないことが不思議で面白かった。
こんな人間がいるの、と感動して、自分が今まで見てきた世界はなんてつまらなかったんだろうと悔しくなった。
好きだ。好きだ。好きだ。
1年の時間を、いや、自分の今までの人生全てを言葉に込める。
「君が好きなんだ。」
数秒の長い沈黙のあと彼の声が返ってくる。
「今なんか言った?」
その声が、俺の頭の中で漂っている。
人生をかけると意気込んだはずの自分の言葉が、どこにも届かないで消えた事実に一気に体が熱くなる。恥ずかしい、という言葉じゃ足りない。今すぐ消えてしまいたい。自分という存在があったことを、彼の記憶から抹消してほしい。
彼がまた、俺の言葉を待っている気配がする。もうどうでもいい。こんな、こんな結末になるなら大人しく昼寝でもしているほうがましだった。
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