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第3話

「よっちん!」 ここは食堂 随分と大きな声を出すものだと、人の少ない空間を探して彷徨っていたら肩を掴まれた。非常に驚く 「なぁよっちん!」 よっちん?珍妙な呼び名。それは僕のことだろうか 「やっと見つけたわ。ねぇ飯?だよね。俺も一緒、いい?」 忙しなくそう言われて思わず頷いてしまった 「あれ?わかってる。俺俺」 オレオレ詐欺…なんて思っていると顔に記憶が合致した 「周防くん…」 「そうそう!周防エリオット!周防エリオットをよろしくお願いします!」 ニコニコと笑って選挙運動のように名を告げる周防 「おっ!エリオット!飯か!」 周防の後ろからまたガヤガヤとした連中がやってきた。騒がしい 「飯飯!腹減ったわ」 「確かに。午後暇だろ。飯食ったら広場でバスケしようぜ」 「おう」 にこやかに会話を展開する彼ら 僕は一瞥し、離れて隅っこの窓際の席に座った 割り箸を割り、頂きますと呟く。蓮華でつゆを掬い一口。うん。変わらない素朴なお味。お次は麺を 「いたいた!よっちんいつの間にか消えてるし!てかもう食べてるし」 騒がしい。そのくせニコニコと笑みを浮かべて隣の席に座った メニューはカツ丼と味噌もやしラーメンか…若いな 「よっちんそれだけで足りんの?きつねうどんといなり寿司だけじゃ足りなくね?」 「……別に」 「ふーん。……いただきます」 パチンと割り箸を割り、意外と綺麗な所作で食事を始めた 節だった長い指で丼を持ちパクパクとカツ丼を食べる。そしてラーメンもずるずる啜るのではなく、適量を取り蓮華で麺の端を掬いするすると食べる。丁寧だが静かで早い 「…なに?」 「なんでもありません」 自分の食事を続けた その姿を横目で周防は見遣り、微笑む 口が小さくてもぐもぐとする姿が可愛い、なんて本人に告げたら眉を寄せて嫌な顔をするだろう つい笑ってしまい、大丈夫ですかと問われ大丈夫と返すと四津河はサッと立ち上がって水を持ってきた その配慮に周防はふっと気持ちが浮ついた 「どうぞ」 「サンキューよっちん」 「……よっちんはやめて欲しいです」 「えっ?ダメェ?」 クツクツと笑い、意外と静かに食事を終えた 何故か食べ終えると横で待っていた周防はタイミングと合わせて食器を片付け、またね。と手を振って陽だまりに包まれた出口を出て外へ駆け出していった 「……」 「よっ!よっちん」 イラッ、としたが本に向き直り読書を続ける 春の帳、冬を包みふわふわと溶かしゆっくりと撹拌するとそこには ドスン… 「ごめんごめん」 ちょちょいとごめんね的なポーズをとる周防。全く悪そうには見えない顔だ また別館に現れた周防。これで三回目の来訪だ。別にここは文学サークルのメンバーなら自由に使えるし、好きにするといいが。なぜわざわざこっちに 本館より狭く給湯設備や冷暖房、机とソファがある資料室はここにしかない。それだけでわばわざ他のメンバーがいるだろう本館よりこちらに来るなんて 「ねぇ」 「はい?」 「迷惑だった?」 「えっ?」 驚く。何も言っていないのに 「なんか困惑顔してたから」 周防は大きな本越しにそう言った。顔は見えない。ふわりとした短い髪と凛々しい眉、そして形のいい耳が見える 初めて表情で判断された。今まで無表情と陰で言われたり、お前はまるで木のようだ。ただそこに在り、背景に溶け込んでいる。雑多な景色に埋もれようとしている。と訳のわからない事を言われた 「迷惑、ではないです。ただ…」 小さく呟くと首を傾げたらしく斜めの頭から丸い大きな目がすっと自分を見る 胸がきゅっとする 席を立って給湯室でカップに珈琲を注ぐ ミルクを入れ角砂糖をポトンと落とす。マシュマロを二つぽんっと入れて、周防の前に置いた 周防は静かに、澄んだ目でこちらを見る 「慣れてないだけです」 すぐに振り返り自席に戻る 本をパラパラとめくる 夕立に木の葉飾り、落ちる影が僕らを故郷の景色を想起させ、風と共に届いた後は 「じゃあ、俺に慣れてね」 ……… 柔らかく小さなボールがぽんぽんと跳ねてトンと胸を叩くような 衝撃 パラパラと紙を捲る音がする 互いに向き合いテーブルを挟む テーブルには飲み物が二つ 視線は本に遮られ交わらない それがとても心地よく 跳ねる言葉が耳を撫でた 木立から小鳥が羽ばたく音がした 4に続く

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