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第1話
ずっと子供でいたかった。
「お兄ちゃん、大好き!」
「ああ、俺もだ。大好きだよ」
子供の頃から、何度も、何度も繰り返されたセリフ。
そして今日も、俺はそのセリフを言う。
「んー……お兄ちゃん、大好き」
「はいはい、俺も好きですよー……」
気のない返事。俺はいつものように、お兄ちゃんに抱きついて甘えるようにスリスリする。ただ、子供の頃と違うのは、大人に見えていたお兄ちゃんが、俺より小さくなったことだ。
あ、いや、お兄ちゃんはそのままなんだけど。俺の図体がでかくなっただけか。
外は雨で、遊びに行く約束が流れたから、お兄ちゃんはずっと部屋で本を読んでいる。……昔なら、俺が大好きって言ったら、笑って頭を撫でてくれてたのに。そう思って、俺はお兄ちゃんから離れた。
あーあ。ずっと子供でいたかったなぁ。そしたら、甘えても違和感ないし、頭も撫でてくれてたかもしれない。今日だって、雨が降らなきゃ一緒にもふもふに囲まれて、名物の濃厚ソフトクリームを食べてたのに。
むう、と俺は頬を膨らませた。
「お兄ちゃん、俺ひま」
「お前も本読めば良いだろー? 好きなの読んでいいぞ」
本なんて、そんな眠たくなるもん読む人の気がしれない。そう言うと、お兄ちゃんはこちらを見もせずに「お前、いま世界中の読書好きを敵に回したからな」と言った。
けど、お兄ちゃんが読書してるのを眺めるのは好きだ。
その大きな瞳が見ている物語は、一体どんなものなのだろう? 字を読むのは苦手だけど、お兄ちゃんが語る本の話はなぜか心地よく耳に入ってくる。
その声がもっと聞きたい。そう思うけれど、部屋に響くのは外の雨の音と、お兄ちゃんがページをめくる音だけだ。
そして俺はまたかまって欲しくて、お兄ちゃんに抱きつく。
「お兄ちゃん、大好き」
耳に囁くように、言葉を吹き込んだ。けれどお兄ちゃんは動じず、はいはい、と言うだけだ。
「大好きって返してよー」
「いつも言ってるだろ?」
つれない返事に、俺はぎゅうぎゅうとお兄ちゃんを抱きしめて、ヤダヤダと首を振る。
「俺が言ったら同じだけ返してよっ。じゃないと不平等だ」
「だから、返してるじゃないか」
「昔は頭も撫でてくれてた! 確実に減ってる!」
「何だよ減ってるって……」
心底呆れたようなお兄ちゃんの声。俺は涙目でお兄ちゃんを見ると、彼はため息をついて本を閉じた。
「……分かった。同じだけ返してやるから、覚悟しろよ?」
「……っ、うん!」
俺は元気よく返事をすると、後頭部をぐい、と引かれて唇に柔らかいものが当たる。チュッと吸われ、腰に僅かな痺れを感じたと思ったら、唇よりも熱い、濡れたものが俺の口内に入ってきた。
思ってもみなかったお兄ちゃんの行動に、俺は頭が追いついてなくて、上擦った声を上げる。一度唇を離したお兄ちゃんの表情は、いつもの優しい、穏やかなものではなくて、確かに大人の、獲物を前にした肉食獣のような顔をしていた。
お兄ちゃんの口角が、上がる。
「……何だ。大好きってこういう意味じゃなかったか?」
「えっ、あっ、……いや、違わない、です……」
なんてことだ、子供の甘えの延長線上で、お兄ちゃんに触る口実まで見透かされていたなんて。俺は顔が熱くなるのを自覚しつつ、変に敬語で返してしまった。
するとお兄ちゃんは「十分に返しただろ」とまた本を広げてしまう。俺はそんなお兄ちゃんにまた抱きついた。
「お兄ちゃん、大好きー!」
俺はこの時初めて、大人になって良かった、と思う。大人になると、いろんな愛情表現ができるんだって。
「お兄ちゃん、好き、大好き!」
そう言いながら俺はお兄ちゃんの本を取り上げ、頬にキスをしながら押し倒した。鬱陶しい、と声を上げたものの、お兄ちゃんは俺を拒否する様子はない。
「……どうした?」
押し倒したまま固まった俺に、お兄ちゃんは問いかけてくる。
「今の『大好き』の分、返してよ」
「……はいはい。分かったよ」
そっと顔を引き寄せられ、俺の唇は深くお兄ちゃんのと重なった。
大好き、お兄ちゃん、と心の中で何度も唱えながら、俺はお兄ちゃんとの行為に夢中になる。こんなにも深くお兄ちゃんと触れ合えるなんて、子供だったら絶対にできない。
散々お兄ちゃんと触れ合ったあと、ベッドの上で抱き合いながら、疲れて寝てしまったお兄ちゃんの顔を眺めた。長いまつ毛すら愛おしくて、触りたい衝動に駆られる。
「お兄ちゃん、大好き……」
ぎゅっと力を込めて抱きしめた。肌が直接触れ合う体温が嬉しい。
部屋に響くのは、お兄ちゃんの穏やかな寝息だけ。外では、雀の鳴く声がする。
いつの間にか、雨は止んでいた。
[完]
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