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第41話 サッカー

ピピー。 試合終了を知らせる笛の音が響くと、灰谷はその場に倒れこんだ。 ハッ ハッ ハッ ハッ。 息がはずみ心臓がバクバクと音を立てた。 肺が新鮮な空気を求めている。 苦しい。 苦しい。 苦しい。 苦しい。 なんも考えられない。 灰谷は目を閉じ、カラダの声を聴いた。というより丸ごとカラダになった。 全身を流れる汗。 フル稼働する心臓・肺・駆けめぐる血液・震える筋肉。 ヤバい……久々のこの感じ。 忘れてた。 オレ自身だ。 まるごとオレ自身だ。 何思う事もない。 全部まるごと、まぎれもなくオレ自身だ。 あー気持ちいい~~~。 大きく手足を伸ばして息を吐き、目をあけた。 空はかき曇り今にも雨が降り出しそうだった。 「おーい、大丈夫か? 灰谷」 上からのぞきこんで来たのはかつてのチームメイト西村だった。 真島の言っていたとおり、あいかわらずムーミン谷にいそうな顔をしている。 「オマエ、相変わらず負けず嫌いな」西村がニヤリとする。 「うっせ……」 「変わらねえな」ニコニコしながら西村が手を差し出した。 試合はもちろん会うのも久しぶりだったが、走り出せばすぐに昔の呼吸に戻った。 「ミムもな」西村の手をとり、灰谷は起き上がった。 「おーそれ、"ミム"。懐かしいなあ。オレの事ミムって呼ぶのはオマエとあいつ。オマエのツレの真島だけだわ」 「だろうな」 「真島、元気かよ?」 「ああ。元気だよ」 「つうかさあ、なんでミムなんだよ」 「さあな。そいつは言えねえな」 「おーい。いいかげん教えてくれよ~」 絶対に種明かししないと真島と決めている。 だって、おもしれえだろ、と真島は言った。 40代半ばの田辺の父たちのチームに加わった10代のメンバーとして4ゴール6アシスト。ヘルプとしてはまずまずだろう。 ただ後半、相手チームのキーパーが替わってからは1点も奪えなかった。 冷静的確でマシーンのような反応。 10代?いやあのカラダの出来具合は20代前半か。 それにしても自分とそう変わらないと思う。 「なあ、あのキーパーって……」 チームメイトから肩を叩かれ健闘をたたえられている、手足が長く、背の高い男。 どこかで見た事があるような……。 「あ? わかんねえの灰谷。春日井大社だよ」  春日井大社! 守護神・春日井一臣(かずおみ)! 少年サッカーで何度か対戦した選手だった。 チームメイトより二十センチも背が高く、長い手足。 春日井が手を広げるとゴールが小さく見えた。 まるで大鳥居のようだっていう意味なのかなんなのか。 ついたあだ名が春日井大社。 狙ったボールはすべて止められた。 その頃よりさらにデカくなっている。 「大学のクラブチームにいるんだってさ。プロの誘いもあるらしい」 「へえ」 <お疲れ><ご苦労さん><ナイスアシスト> 帰り支度を終えたチームの人に次々と声をかけられた。 「灰谷くん、今日はお疲れ」 西村をそのまま30ぐらい年を取らせたような、やはりムーミン谷顔の西村の父がご機嫌で灰谷の背を叩く。 「いい走りだった。またよろしくな」 「はい。ありがとうございました」と灰谷は軽く頭を下げた。 「亮、父さんたち打ち上げ行くから。未成年はほれ、これでなんか食って帰れ」 西村の父は財布から札を数枚抜き取ると息子に渡した。 「うん。あー春日井さーん」 西村が手を振ると春日井がゆらりゆらりとこちらに歩いて来た。 「春日井くんもお疲れ。君、もう酒飲めるんだっけ?」 「あ~、年齢的にはOKなんですけど。体質的に受けつけないんですよね」 春日井は穏やかな表情で答える。 目の前で見る春日井はやはりデカい。 身長180のオレがちょっと見上げるくらいだから190近いんだろう。 試合中のオーラ出しまくりの春日井大社は、試合が終わった今、まるで首の長い草食恐竜みたいにゆったりのんびりとした雰囲気をまとっている。 「じゃあ、こいつらとメシ食って帰れよ」 こいつらの言葉で春日井はチラリと灰谷を見た。 「あ、いや、速攻帰らないと。課題、朝イチ提出なんで」 まあオレの事なんか覚えてないだろうけどな、と灰谷は思う。 「君も担ぎ出された口だな。ほいじゃあまあ、これでメシでも買って帰れよ」 西村の父がお札を差し出すと、「いや~いいっすよ。カラダ動かしたかっただけだし」と春日井は断った。 「いいからいいから」と西村父は春日井の手にお札をすべりこませた。 あまり断っては悪いと思ったのか「すんません。ごちそうさまです」と春日井は最後には受け取った。 「ほいじゃあ。またな」 西村父は春日井の肩を軽く叩くと、集まっているチームメイトの元に歩いて行った。 大人は飲み会か。 しかし、課題があっても誘われれば少しの時間でもかけつける。 さすがは春日井大社。みんなの守護神だ。 灰谷は春日井の頼りになる横顔をみつめた。 「久しぶりだな」 灰谷を見て春日井が言った。

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