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第21話

三宮を討ちとったことで、戦は終わった。諸々事後処理はあるが、日も暮れてきたため、急ぎ幕屋を張り野営することになった。  磯城達、上層部の諸将も各々幕屋に入る。何分急ごしらえではあるので、諸将と言えども一つの幕屋を複数人で使う。磯城と葛城は二人で一つの幕屋になった。 「東宮様、少々窮屈ではありますが、今宵は我慢のほどを……」 「野営なので当たり前のことです。まだ諸将は幕屋があるが、兵たちは野ざらしじゃ、それを思えば幕屋があるだけでもありがたいと思っている」  磯城は、葛城の大将としての自覚に感心する。やはり、このお方は王者の資質を持つ。 「そうでございますね、勝ったとは言えここは戦地ですから」 「叔父上も今日は、いえ昨日からお疲れでしょう。ゆっくりお休みくだされ。私も休みます」 「はい、そうさせていただきます。東宮様もごゆっくりとおやすみなさいませ」  磯城は、幕屋に入ってからも葛城の言葉遣いが、表のそれと変わらなかったことを以外に思う。  東宮の宮では、奥に入ると言葉遣いが変わった。表の叔父に対するものから、奥の妃に対するものに変わるのだ。  それが、今日は幕屋に入って二人きりになっても、叔父に対する言葉だった。  二人きりとは言え、ここは戦地。表の場との認識か? 磯城はそう解釈した。  磯城にとっても、葛城のその態度はありがたいものではあった。いくら二人きりといえ、この狭い幕屋で妃扱いされるのは抵抗がある。  磯城の解釈は概ね当たっていたと言える。  葛城は昨日、磯城の新たな一面に触れ驚かされた。しかし、夜には涙を流す磯城を見てやはりこの人の全てが欲しいと思った。勝利の暁には身も心も全て己のものにすると誓った。その誓いに偽りはない。  だが、今日の磯城は、秀麗でいて堂々とした佇まい。そして、三宮を討ち果たした姿は神々しく、畏敬の念さえ抱いた。  あれは素晴らしかった。あの時、磯城が三宮を見つけていなければ、見つけても矢で射ることが出来なければ、奥に逃げられただろう。此度の勝利は磯城のおかげだ。それは間違いない。  葛城には、今の磯城は軍神か女神だった。とてもじゃないが、手どころか、指一本触れられないが、葛城の偽らざる思いだった。  朝が明けた。勝利を祝うような見事な快晴だった。  日嗣の御子である葛城を、太陽も祝福していると磯城は思った。やはりこのお方は、天照を継ぐ者と確信する。  磯城は、副将として大将である葛城と共に近衛部隊に囲まれて帰路に就く。 「叔父上、ゆっくり休まれましたか?」 「はい、おかげさまで、あのような場でも存外寝られるものですね」 「お疲れだったからでしょう。体が休息を欲したのでしょう。私も、よう眠れました」  来た時と違い、のんびりと進む行軍に、二人も会話しながら進む。 「伝令を出しておりますので、結果は伝わっておりましょうが、大王様もお喜びでしょう」 「おおそうでした、早う父上に直接お伝えしたい。きっとお褒めいただくに違いない」  そう言って幾分足を速める葛城に、磯城も合わせて進む。  磯城は、大王に早く褒められたいと先を急ぐ葛城を可愛く思う。同時に葛城が幼い頃、自分が可愛がった頃に戻ったような気持ちになり嬉しかった。  幸玉宮に着くと、なんと大王直々に迎えられた。先触れが知らせたため、待っておられたようだ。 「待っておったぞ! ようやった!」 「父上、態々のお出迎えかたじけのうございます」 「これが出迎えずにおられようか! まこと、此度の働きあっぱれじゃった」 「ありがとうございます。此度の勝利は全て叔父上のおかげでございます」 「おおーっそうじゃ、八宮見事な働きじゃったそうだな」 「全て東宮様の大将としてのお導きのおかげでございます。まこと此度の大将ぶり素晴らしいものがありました」  二人が互いに褒め合うのを、大王も微笑ましく、吾が息子と弟を誇らしく思う。  立ち話ではあれだと中に入り、改めて大王に、戦いの経緯を、主に葛城が大将として説明する。 「伝令からは聞いておったが、此度の勝利、八宮のおかげじゃな。よう、討ち取ったものよ」 「まこと、叔父上が討ち取らねば、どうなっていたか……」 「八宮、これからも後見として東宮のこと頼むぞ」 「はっ、私の力が及ぶ限りお支えしたいと思っております」 「諸将を集めての祝勝会は改めて開くが、今宵はそなたらと飲み交わそうぞ」 「ありがたい仰せ。では、一度宮に戻って、後ほど出直しいたします」  葛城の挨拶で二人は大王の御前を辞し、東宮の宮に下がった。  その夜、二人は大王と、葛城の母である后も加わり水入らずの態で夕餉を囲った。大王と后にとって磯城は、もはや大事な身内と言えた。  吾が子葛城に、王統を繋ぐための大切な後ろ盾、それが磯城だった。今回の事は、それが大いに証明されたと言ってよかった。  皆和やかに歓談しながら大いに食べ、程よく飲んだ。  磯城も、大王や后に対して節度ある態度は崩さないものの、寛いで楽しめることができた。  終わると二人は、一緒に東宮の宮に戻る。それは何か、両親のもとで食事をした若夫婦のようでもあった。 「叔父上、明日は大后様のところへ?」 「はい、そうさせていただきたいと、よろしいでしょうか?」 「大后様も叔父上から直接お聞きしたいとお待ちになっておりましょう。私も共にまいりご挨拶をさせていただきます。挨拶を済ませたら私は帰りますが、叔父上は一晩ゆっくりされるとよろしいでしょう」  磯城も行くなら一晩泊まりたいと思っていたが、あの日の事を思うと自分からは言い出せずにいたので、葛城からの勧めが、率直に嬉しかった。 「ありがとうございます。そうさせていただきます」  葛城も実は、あれはさすがにやり過ぎたと思っていた。磯城のことだ、自分が勧めないと泊まらないだろう。だから磯城の返答に安堵して頷く。 「それでは叔父上、今宵もゆっくり休みなされ」 「あっ……はい、お休みなさいませ」  今宵も一人で休まれるのか? 一瞬戸惑ったものの、明日は出かけるからか、磯城はそう解釈した。葛城は、いつも磯城を一方的に蹂躙したが、翌日の負担は考慮してくれていたからだ。

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