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第23話
磯城は、夕餉を済ませると、身を清め部屋の端に座り空を見上げる。今宵は半月だった。
葛城は、話があると言った。つまり、以前のように磯城を抱くために来るのではないということだ。話とは何だろう? 今回の件で、葛城の東宮として地位は盤石なものになった。次は、妃か? 葛城は私のことを妃と言うが、やはり東宮として正式な妃は必要。漸くその気になられたか? もしそうだったら、自分はどうする? ここを……出なければなるまい。
元々この対屋は、後見の立場にしても分が過ぎる。というか、妃のための対屋を自分が仮に賜っているにすぎない。だから、ここを出て橘宮に戻らねばならんだろう。
磯城は悲しくなってきた。涙が出そうになる。しかし堪えなければいけない。妃を迎えるのは東宮として当然のこと。自分は、後見としてそれを、喜んで受け入れねばならない。
磯城が半月を眺めながら考えていると、舎人の声掛けの後、葛城が入ってきた。
「そのようなところで何をされているのですか? 夜風は冷えますよ」
そう言いながら、磯城の隣に来て、磯城の手を取る。
「やはり、冷えておる、中に入りましょう」
磯城の肩を抱きながら、中に導く葛城の体が温かい。磯城は、そのまま葛城に体を預けたくなった。葛城の体に、緩やかにもたれかかる。
磯城が、このように甘えるような仕種をするのは、むろん初めてで葛城は驚く。
磯城の心が己に寄せられていると感じる。このまま、抱いてしまいたかった。しかし、今日は話をするのが先だと、自分を戒める。
今まで葛城は、好きに磯城を抱いてきた。己の欲望のまま抱いてきたと言っていいだろう。しかし、今回の一件は、磯城を触れてはいけない人にした。つまり磯城は葛城にとって、高値の花のような存在になってしまった。
葛城は、悶々と思い悩む。そして、過去の己を振り返ると、自責の念に駆られる。いつか、心も寄せて欲しいと思っていたが、あまりに身勝手だったと深く後悔した。
葛城は、漸く気付いていた。過去の己の磯城への愛は、単に自己愛だったと……。本当の愛は、愛する人を己よりも大切に思うことなんだと……。
漸く真の愛に目覚めた葛城は、改めてこの愛に向き合いたいと切に思った。そのためには磯城に心から詫びなければ、磯城の許しを得て、そうして改めてこの思いに向き合わねば、そう思って今日は来た。
「叔父上、今日は私の話を聞いてくださいますか?」
葛城の真剣な眼差しに、磯城はやはりそうなのだと、物悲しい思いの中、次の言葉を覚悟する。
「はい、なんでございましょうか?」
葛城は、暫く沈黙した。言葉を探しているような沈黙。磯城は、静かに葛城の次の言葉を待った。
「今まで私があなたにしたことは、ひどい事だった。あなたには、理不尽で受け入れがたいことだったと思う。今更ながらだが、許してはもらえないだろうか」
そう言って頭を下げる葛城に、磯城は驚く。全く想定外の言葉、そして態度だった。
「えっ、とっ東宮様、どうか頭をお上げください」
狼狽して、葛城の頭を上げさせると、葛城の眼差しから、真摯な思いが伝わってくる。そして、磯城の中にも葛城への愛が生まれていた。それは、徐々に大きくなっていくのも感じていた。故にここを出なければと思った時、物悲しさを感じたのだと思う。
確かに、過去の葛城の行為を、全て許せるのか? と問われれば難しいように思う。しかしきれいに水に流すことは出来ずとも、乗り越えていけるだろうとは思う。あの数々の行為は、葛城の若さゆえの暴走と思えるだけの、心のゆとりも生じていた。
体格は葛城の方が大きくなったが、中身ははるかに磯城の方が成熟していた。叔父と甥の関係性を考えると当然とはいえた。だから、磯城は東宮後見、文字通り後ろで東宮を見守るのだ。磯城の葛城への愛は、母性のような愛かもしれない。
「もう終わったことですから……終わったことは変えられません。変えられない過去を振り返るより、これからのことの方が大事かと……」
「許して下さるのか?」
「はい」磯城はしっかりと頷いた。
葛城は、磯城の腕を握り再び頭を下げる。許してくださった、良かったという思いで胸が溢れそうになる。
磯城はそんな葛城が、愛おしく抱きしめた。体は大きいが、自分がこのお方を守る、このお方が進む王道を共に歩むのは、自分しかいないと思う。
「これからも、私の側にいてくださるのか?」
「はい、この賜った対屋を、明け渡せと命じられるまで、お側にいさせていただきます」
「そのようなこと命じるわけない、言ったであろう、ここはあなたのために作ったと、あなたのための対屋だと」
そうなのだ、ここは磯城が仮に賜っているのではない。初めから磯城のために造ったのだ。
「それでは……生涯お側にいさせていただきます」
「必ずや、生涯私の元を離れないで欲しい。前に申したと思うが、いやあの時以上に思いは強まっているが、あなたは吾が半身、あなたがいなければ、私は身を裂かれることになる」
「はい」頷き、己を抱きしめる力を強める磯城に葛城は続ける。
「あなたの事は、私が責任を持ってお守りします。東宮として、いずれは大王として。私はそのためにも力を付けたい」
「東宮様の思い、嬉しゅうございます。私も及ばずながら東宮様のためにお尽くししたいと思います。今宵は半月ですが、東宮様の半身として常にお側に……」
磯城のその言葉に、葛城は、磯城を力強く抱きしめる。磯城は、葛城の力強さに安堵する。守ってやりたいとも思うが、葛城には強くあって欲しいとも思うからだ。
互いが、互いを守るため、今以上に力を付けなければならない。二人の思いは同じだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。次回(14日)が最終回になります。最後までよろしくお願いします。
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