2 / 388

キスは何の味?

 場野くんに告白された翌日。僕は今、理科準備室で場野くんの膝の上に座っている。  朝一番、登校してくるなり僕の席までツカツカとやって来て、腕を掴まれ無言で拉致られた。  ほとんど物置と化している準備室は鍵が壊れていて、弄ると簡単に開く仕様になっている。場野くんのプライベートルームとの噂だ。  場野くんは、皮張りの古びたソファに座り、僕を軽々と抱き上げて膝に乗せた。体格差があると言っても、僕だって高2の男子だ。それなりに体重もある。いくら場野くんが力持ちだって、あまりにも情けない扱いだ。  僕は160cmで、場野くんは182cm。確かに差は大きいが、こんな子供扱いをされるなんて納得がいかない。 「なぁ、返事考えてくれた?」 「昨日の今日なんだけど····。それに、場野くんの事よく知らないのに返事なんてできないよ」 「じゃ、知ったらいいんだな?」 「えぇ····そういう····いや、待って。僕たち、男同士だよね。それ以前の問題って言うか····」 「男同士でもヤレんだろ」 「やる····って、何を?」 「は? ヤるつったらセックスだろ」 「なっ!!? セッ······?? え、て言うか····えぇー······そこじゃないでしょ」 「うるせぇな。俺の事嫌いか?」 「嫌いじゃない、けど····怖い」 「はぁ? 俺の何処が怖いんだよ」 「え、全部だけど」 「あ゙ン!?」  段々と場野くんの声のトーンが下がっていく。これを怖いと言わずして、何と表現すればいいのだろうか。 「そういうトコが怖い」 「····どういうトコだよ」 「声のトーンが····」 「······怖くないよ」  裏声でそう言うと、ニコッと微笑まれた。 「ブフォッ」  思わず、漫画の様に吹き出してしまった。 「ぉわっ····。ンなにおもろかったんかよ」 「フグゥッ······ごめ、う、裏声やめて····」 「低い声が怖いんじゃねぇのかよ」 「そういう事じゃないよ····」  たぶん、場野くんはアホだ。でも、少し可愛いと思ってしまった。 「場野くんって案外····アホなんだね」  思った事を素直に言葉にしてしまうのは、僕の悪い所。 「お前····」 「ん? ····ん゙ん゙っ!?」  鋭い目をさらに細めるや否や、後頭部を鷲掴みにしたかと思えば引き寄せられ、勢い良く口を塞がれた。食べられるかと思った。  やはり、怒らせてしまったのだろう。殴られる代わりに、ファーストキスを奪われるという仕置きを喰らったようだ。 「んっ! んんっ!!」  押し返そうにも、力では敵わない。無理矢理舌を捩じ込まれ、口内を深くまで犯される。  一旦唇を離し、耳元で『目、瞑ってろ』と囁かれた。そうして、今度は唇を喰むように音を立てながら、何度も何度も繰り返し吸われた。  場野くんの荒い吐息がかかる度、頭に靄がかかっていくようでボーッとしてしまう。 「おい、大丈夫か?」 「んぁ? だいじょばない····けど、気持ち良いの····もっと······もっと?」 「もっとシて良いのか?」  自分の発した言葉に驚き、正気に戻った。 「ダメ」 「即答かよ。トロけてたくせに····」 「ト、トロけてなんかないよ!」 「いーや、トロけてた。正直に言えよ。気持ち良かったんだろ」 「うっ······気持ち····良かった」 「だろ? もっと気持ち良くしてやるから、俺に任せろ」  そう言って、僕を抱えたまま立ち上がると、くるりと半回転して僕をソファに座らせた。  好きな女の子と、恥じらいながらしたかったのに。初めてであんなに激しくされて、悔しいし怖かった。それなのに、拒む為の力が入らない。それどころか、股間が熱くなっていることに気づく。  慌てて脚を閉じると、それに気づいた場野くんの膝が、僕の膝を割って入る。 「なんだよ、勃ってんじゃん」 「これは、勝手にぃ····んふっ」  興奮した場野くんが、さっきよりもさらに激しく吸い付いてくる。  僕は快楽を打ち消すように、必死で抵抗する。 「やめてよ。ここ学校だし、付き合ってもないのに」 「まだ付き合ってねぇな。俺とこういう事すんの嫌?」 「そういう問題じゃないでしょ。お付き合いもしないで、こういう不埒な事しちゃダメだよ」 「お前、小学生かよ」  失礼極まりない事をサラッと言うんだ。精神年齢が少し幼い事くらい、僕だって自覚している。けれど、淫らな事は大人になってからだ。 「いや、なんでだよ。場野くんこそ、高校生とは思えないよ」 「普通だろ」 「普通····ではないと思うよ」 「そうなのか? んー·····まぁ、順序とか関係なくねぇ?」 「あるよ。大ありだよ。そもそも、なんで僕の事好きになったの?」  そうだ。そもそも、接点もないのにどうして僕に興味を持ったのだろう。 「あー····襲われそうなお前見て、可愛いなって思った」 「で?」 「で? 泣かせてみてぇって思って····けど、俺以外の奴に泣かされんの無理だわってなった。守ってやりてぇって。んで、抱き潰してみてぇなって思った」 「へぇ~······。僕、教室に戻るね」 「なんだよ、なんでだよ! 何が気に食わねぇんだよ!?」 「気に食わない事だらけなんだけど、とりあえず授業だよ」  不良に拉致られて授業をサボるだなんて、想像もしえなかった現状に苛立ちが募る。 「お前、真面目かよ」 「真面目だよ。不良の気まぐれに構ってる暇はないね」 「お前のそういう、思った事ハッキリ言うところも好き」 「そういうのは女の子に言ってよ」 「男とか女とか関係ねぇだろ! 俺は、お前が良いつってんだよ」  声を荒げられると怖い。けど、怖いを通り越してなんだか腹が立つ。こうなったらヤケクソだ。不満を全部ぶつけてやる。 「そうやって、すぐ怒るの嫌だ」 「わ、わかった。気をつける」 「金髪なのも嫌。なんか怖い」 「····わかった」 「あと、キスが煙草の味なのが1番嫌」 「······おう」 「····それと、慣れてる感じが嫌」 「あ? 何が?」 「こういう····えっちな事に慣れてる感じが嫌なの!」 「別に慣れてねぇよ」 「だって、キ、キス上手だったもん。僕の事、当たり前みたいに膝に乗っけるし」 「いや、それってお前····。まぁ··んな経験なくてもよぉ、好きな奴目の前にしたら、アレコレしたくなんだろ」 「イケメンは言う事がいちいちモテ男発言なんだよね」 「へぇ、俺の顔好きなん?」  ····ミスった。テンパって油断した。これでは調子に乗せてしまうだけだ。 「べ、別に好きとかじゃないし。一般的にイケメンの部類なんだろうなって思っただけだもん」  なんだか嬉しそうに、にまにまと口元を緩めているのが腹立たしい。 「じゃあさ、とりあえず付き合ってみねぇ? 絶対大事にすっから。嫌がる事はしねぇ」 「とりあえずって······大事にって······そんな事言われても······」  気がつけば僕の中の迷いが、男同士だとか不良だとかって問題から、付き合うかどうかに進展していた。  イケメン怖いな。けど、場野くんの真剣な瞳に見つめられているうちに、嘘はないのだろうと思えてきた。 「わ、わかったよぉ。とりあえず、お試しってことでお願いします」  当然、断るつもりでいた。はずなのに、自分でもよく分からないけれど、新たな境地に踏み込んでみるのも悪くないかも、と思ってしまった。この時は、キスで知ってしまった与えられる快感への、単なる興味だったのかもしれない。 「やった! よし、そんじゃデート行こうぜ」 「行かないよ。授業だよ」  一限は拉致られてしまったが、二限からはちゃんと出るんだ。 「それと、僕たちが付き合ってるのは絶対に内緒だよ」 「なんで?」 「僕の優等生人生に傷がつくから」 「はぁぁぁ!? ふざけんなよ! それじゃイチャつけねぇだろ」 「まず大前提として、学校でイチャつかないからね」 「お前、めんどくせぇな」 「付き合うのやめる?」 「やめねぇよ。まず、お前を抱く」  ふざけた事を言わないでほしいのだが。僕は男で、抱かれるような構造はしていない。 「は? 僕、抱かれるの?」 「お前が俺を抱く気か?」 「そういうわけじゃ······ねぇ待って。やっぱり男同士なんて無理なんだけど」 「は? もう遅いわ。つぅかキスはしただろ」 「無理矢理ね。レベルが違うよ····」 (やっぱりムリだよ····。尊厳が死ぬなんて耐えらんない。そんなの、漫画の世界だけにしてよ····) 「そうか····」 「いや、ほら、今はね。まだ場野くんの事を好きってなったわけじゃないからね。だから····」  見事にしょぼんな表情を見せられ、慌てて取り繕ってしまった。 「よし、そんじゃ俺の事好きになったらオッケーって事だな。わかった」 「えぇ~·····そういう事じゃない気が──」  校内に鳴り響くチャイムの音が僕の声をかき消す。 「お、一限終わったぞ」 「あっ! ホントだ。急いで戻らなくちゃ」  僕は場野くんを置き去りにして、急いで教室に戻った。

ともだちにシェアしよう!