2 / 384
キスは何の味?
場野くんに告白された翌日。僕は今、理科準備室で場野くんの膝の上に座っている。
朝一番、登校してくるなり僕の席までツカツカとやって来て、腕を掴まれ無言で拉致られた。
ほとんど物置と化している準備室は鍵が壊れていて、弄ると簡単に開く仕様になっている。場野くんのプライベートルームとの噂だ。
場野くんは、皮張りの古びたソファに座り、僕を軽々と抱き上げて膝に乗せた。体格差があると言っても、僕だって高2の男子だ。それなりに体重もある。いくら場野くんが力持ちだって、あまりにも情けない扱いだ。
僕は160cmで、場野くんは182cm。確かに差は大きいが、こんな子供扱いをされるなんて納得がいかない。
「なぁ、返事考えてくれた?」
「昨日の今日なんだけど····。それに、場野くんの事よく知らないのに返事なんてできないよ」
「じゃ、知ったらいいんだな?」
「えぇ····そういう····いや、待って。僕たち、男同士だよね。それ以前の問題って言うか····」
「男同士でもヤレんだろ」
「やる····って、何を?」
「は? ヤるつったらセックスだろ」
「なっ!!? セッ······?? え、て言うか····えぇー······そこじゃないでしょ」
「うるせぇな。俺の事嫌いか?」
「嫌いじゃない、けど····怖い」
「はぁ? 俺の何処が怖いんだよ」
「え、全部だけど」
「あ゙ン!?」
段々と場野くんの声のトーンが下がっていく。これを怖いと言わずして、何と表現すればいいのだろうか。
「そういうトコが怖い」
「····どういうトコだよ」
「声のトーンが····」
「······怖くないよ」
裏声でそう言うと、ニコッと微笑まれた。
「ブフォッ」
思わず、漫画の様に吹き出してしまった。
「ぉわっ····。ンなにおもろかったんかよ」
「フグゥッ······ごめ、う、裏声やめて····」
「低い声が怖いんじゃねぇのかよ」
「そういう事じゃないよ····」
たぶん、場野くんはアホだ。でも、少し可愛いと思ってしまった。
「場野くんって案外····アホなんだね」
思った事を素直に言葉にしてしまうのは、僕の悪い所。
「お前····」
「ん? ····ん゙ん゙っ!?」
鋭い目をさらに細めるや否や、後頭部を鷲掴みにしたかと思えば引き寄せられ、勢い良く口を塞がれた。食べられるかと思った。
やはり、怒らせてしまったのだろう。殴られる代わりに、ファーストキスを奪われるという仕置きを喰らったようだ。
「んっ! んんっ!!」
押し返そうにも、力では敵わない。無理矢理舌を捩じ込まれ、口内を深くまで犯される。
一旦唇を離し、耳元で『目、瞑ってろ』と囁かれた。そうして、今度は唇を喰むように音を立てながら、何度も何度も繰り返し吸われた。
場野くんの荒い吐息がかかる度、頭に靄がかかっていくようでボーッとしてしまう。
「おい、大丈夫か?」
「んぁ? だいじょばない····けど、気持ち良いの····もっと······もっと?」
「もっとシて良いのか?」
自分の発した言葉に驚き、正気に戻った。
「ダメ」
「即答かよ。トロけてたくせに····」
「ト、トロけてなんかないよ!」
「いーや、トロけてた。正直に言えよ。気持ち良かったんだろ」
「うっ······気持ち····良かった」
「だろ? もっと気持ち良くしてやるから、俺に任せろ」
そう言って、僕を抱えたまま立ち上がると、くるりと半回転して僕をソファに座らせた。
好きな女の子と、恥じらいながらしたかったのに。初めてであんなに激しくされて、悔しいし怖かった。それなのに、拒む為の力が入らない。それどころか、股間が熱くなっていることに気づく。
慌てて脚を閉じると、それに気づいた場野くんの膝が、僕の膝を割って入る。
「なんだよ、勃ってんじゃん」
「これは、勝手にぃ····んふっ」
興奮した場野くんが、さっきよりもさらに激しく吸い付いてくる。
僕は快楽を打ち消すように、必死で抵抗する。
「やめてよ。ここ学校だし、付き合ってもないのに」
「まだ付き合ってねぇな。俺とこういう事すんの嫌?」
「そういう問題じゃないでしょ。お付き合いもしないで、こういう不埒な事しちゃダメだよ」
「お前、小学生かよ」
失礼極まりない事をサラッと言うんだ。精神年齢が少し幼い事くらい、僕だって自覚している。けれど、淫らな事は大人になってからだ。
「いや、なんでだよ。場野くんこそ、高校生とは思えないよ」
「普通だろ」
「普通····ではないと思うよ」
「そうなのか? んー·····まぁ、順序とか関係なくねぇ?」
「あるよ。大ありだよ。そもそも、なんで僕の事好きになったの?」
そうだ。そもそも、接点もないのにどうして僕に興味を持ったのだろう。
「あー····襲われそうなお前見て、可愛いなって思った」
「で?」
「で? 泣かせてみてぇって思って····けど、俺以外の奴に泣かされんの無理だわってなった。守ってやりてぇって。んで、抱き潰してみてぇなって思った」
「へぇ~······。僕、教室に戻るね」
「なんだよ、なんでだよ! 何が気に食わねぇんだよ!?」
「気に食わない事だらけなんだけど、とりあえず授業だよ」
不良に拉致られて授業をサボるだなんて、想像もしえなかった現状に苛立ちが募る。
「お前、真面目かよ」
「真面目だよ。不良の気まぐれに構ってる暇はないね」
「お前のそういう、思った事ハッキリ言うところも好き」
「そういうのは女の子に言ってよ」
「男とか女とか関係ねぇだろ! 俺は、お前が良いつってんだよ」
声を荒げられると怖い。けど、怖いを通り越してなんだか腹が立つ。こうなったらヤケクソだ。不満を全部ぶつけてやる。
「そうやって、すぐ怒るの嫌だ」
「わ、わかった。気をつける」
「金髪なのも嫌。なんか怖い」
「····わかった」
「あと、キスが煙草の味なのが1番嫌」
「······おう」
「····それと、慣れてる感じが嫌」
「あ? 何が?」
「こういう····えっちな事に慣れてる感じが嫌なの!」
「別に慣れてねぇよ」
「だって、キ、キス上手だったもん。僕の事、当たり前みたいに膝に乗っけるし」
「いや、それってお前····。まぁ··んな経験なくてもよぉ、好きな奴目の前にしたら、アレコレしたくなんだろ」
「イケメンは言う事がいちいちモテ男発言なんだよね」
「へぇ、俺の顔好きなん?」
····ミスった。テンパって油断した。これでは調子に乗せてしまうだけだ。
「べ、別に好きとかじゃないし。一般的にイケメンの部類なんだろうなって思っただけだもん」
なんだか嬉しそうに、にまにまと口元を緩めているのが腹立たしい。
「じゃあさ、とりあえず付き合ってみねぇ? 絶対大事にすっから。嫌がる事はしねぇ」
「とりあえずって······大事にって······そんな事言われても······」
気がつけば僕の中の迷いが、男同士だとか不良だとかって問題から、付き合うかどうかに進展していた。
イケメン怖いな。けど、場野くんの真剣な瞳に見つめられているうちに、嘘はないのだろうと思えてきた。
「わ、わかったよぉ。とりあえず、お試しってことでお願いします」
当然、断るつもりでいた。はずなのに、自分でもよく分からないけれど、新たな境地に踏み込んでみるのも悪くないかも、と思ってしまった。この時は、キスで知ってしまった与えられる快感への、単なる興味だったのかもしれない。
「やった! よし、そんじゃデート行こうぜ」
「行かないよ。授業だよ」
一限は拉致られてしまったが、二限からはちゃんと出るんだ。
「それと、僕たちが付き合ってるのは絶対に内緒だよ」
「なんで?」
「僕の優等生人生に傷がつくから」
「はぁぁぁ!? ふざけんなよ! それじゃイチャつけねぇだろ」
「まず大前提として、学校でイチャつかないからね」
「お前、めんどくせぇな」
「付き合うのやめる?」
「やめねぇよ。まず、お前を抱く」
ふざけた事を言わないでほしいのだが。僕は男で、抱かれるような構造はしていない。
「は? 僕、抱かれるの?」
「お前が俺を抱く気か?」
「そういうわけじゃ······ねぇ待って。やっぱり男同士なんて無理なんだけど」
「は? もう遅いわ。つぅかキスはしただろ」
「無理矢理ね。レベルが違うよ····」
(やっぱりムリだよ····。尊厳が死ぬなんて耐えらんない。そんなの、漫画の世界だけにしてよ····)
「そうか····」
「いや、ほら、今はね。まだ場野くんの事を好きってなったわけじゃないからね。だから····」
見事にしょぼんな表情を見せられ、慌てて取り繕ってしまった。
「よし、そんじゃ俺の事好きになったらオッケーって事だな。わかった」
「えぇ~·····そういう事じゃない気が──」
校内に鳴り響くチャイムの音が僕の声をかき消す。
「お、一限終わったぞ」
「あっ! ホントだ。急いで戻らなくちゃ」
僕は場野くんを置き去りにして、急いで教室に戻った。
ともだちにシェアしよう!