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デートは危険がいっぱい

 昨夜、帰ろうとした時だった。啓吾が、映画のチケットを出したのは。 「そうだ、忘れてた。映画のチケット! 3枚あるんだけど、恨みっこなしでジャンケンしねぇ?」  目的は僕とのデートだったので、僕は無条件に不戦勝。勿論、提供者の啓吾も不戦勝。残る1枠を争うこととなった。勝負が始まる前に、僕は啓吾に送ってもらって、誰が来るかは当日のお楽しみにするんだそうだ。  例え負けても自腹でも行くとりっくんが言ったが、それだと面白くないと啓吾が足蹴にした。  僕たちの未来を話し合った翌日。  とりあえず、待ち合わせ時間と場所だけ伝えられたので来てみた。が、少し早く着いてしまい、今はただ時間を持て余している。すると、見知らぬ男性に声を掛けられた。 「ねぇ、ずっとここに居るけど、どうしたの? ドタキャンされたとか? 俺も暇なんだよねぇ」  おそらくナンパだ。人生初のナンパに遭ってしまった。30分も早く来てしまった所為だろうか。確かに、何度も時計を見てそわそわしてたら、待ちぼうけをくらったように見えるのかもしれない。 「いえ、大丈夫です。えっと····」 (すっごく怖いんだけど。知らない人に声を掛けられるのって、こんなに怖いの?) 「あれ? もしかして怖い? 全然大丈夫だよ。ちょっとだけさ、一緒に遊ばない?」  定型文だ。漫画で見たやつだ。この人、凄く面白い。けど、やっぱり知らない人は怖い。あと、間違いなく僕を女だと思っている。 「おいコラ。お前、俺の連れに何絡んでんの?」  後ろから突然、力強く肩を抱き寄せられた。この低くて耳に心地良い声は····。 「や、八千代!」 「あれぇ? もしかして、彼氏? あ~····来て良かったねぇ。じゃぁね~」  八千代を見るなり、ナンパ男はそそくさと逃げ去ってしまった。それは賢い選択だったと思う。だって、八千代の目が“殺すぞ”と物語っていたのだから。 「結人、大丈夫か?」 「八千代、どうして····。あっ、もう1人って八千代なの?」 「そ。お前来んの早いな。そんな楽しみにしてたんか?」 「べ、別にぃ? 準備が早くできちゃったから来ただけだよ」 「そうかよ。けどまぁ、んな可愛らしい格好で突っ立ってたら、声も掛けられるわ」 「これ可愛いの? 普通じゃないの?」  少し大きめの、パステルカラーのパーカーの所為かな? それとも、このクレープとタピオカミルクティーの所為かな? 僕は、店のガラス窓に移った自分を客観視する。けれど、やはり女の子には見えないと思う。 「顔も服も持ってるもんも、どっからどう見ても女子だろ。つーか、朝からどんだけ食ってんだよ。朝飯食ってねぇの?」 「ちょっとしか食べてない。そしたら、ここに来るまでにお腹空いたんだもん。兎に角、この服は二度と着ない····」 「いや、可愛いよ? 俺は好きだよ。でも、1人の時は心配だからやめとこーね」 「あっ、啓吾! 遅い!」 「ごめんごめん。って、まだ5分前じゃん! お前らが来んの早いだけだろ」 「いーから、さっさと行こうぜ。俺、朝飯食ってねぇから腹減った」 「あ、俺も食ってねぇわ。何か食お〜」 「じゃ、僕も食べる」 「って、結人まだクレープ食ってんじゃん。ホント、見かけによらずよく食うね~」 「ははっ。お前が腹一杯食ってんの、見てて気持ち良いわ。奢ってやるから好きなん食え」 「やったぁ~」  僕は、大急ぎでクレープを頬張った。  ハンバーガーを食べて、ウィンドウショッピングをして、お昼前に映画を観に行った。  八千代がジュースを買いに行ってくれているのを、啓吾と映画館のロビーで待っていた。その間に、昨日からずっと気になっていた疑問を投げ掛けてみた。 「ねぇ、なんで3人でデートしようと思ったの?」 「ん? なんでって、何が?」 「だってさ、チケットが3枚あるって言わなかったら····こそっと誘えば、2人でデートできたじゃない?」 「あー······だって、それじゃ1枚勿体ないだろ」  啓吾は照れくさそうな笑顔を見せた。僕にはそれが“1人でも多く楽しめた方が良いだろ”と、言っているように聞こえた。 「んふふっ。僕、啓吾も充分良い子だと思うんだけどな」  僕は啓吾の顔を見ずに、甘ったるいだけだった苺のシェイクをズゴゴッと啜った。 「へへっ。結人に言われると嬉しいな。あんがとねぇ」  顔なんか見なくても、啓吾が嬉しそうに笑っているのがわかった。軽いように見られがちだけど、素で他人を大切できる、啓吾の1番好きな所だ。  2時間足らずの映画を見終わって、僕は最高に気分が悪くなっていた。  突然訪れた過激な血塗ろシーンで、涙目になって俯いてしまった。強ばっている僕の手を、それぞれがきゅっと握ってくれていた。けれど、後半は殆ど流血シーンだったので、目を逸らしてしまいスクリーンを観れなかった。 「2人とも、ごめんね。手、痛くなってない?」  後半、ずっと強く握り締めていたから、2人の手が赤くなっている。 「こんなん痛くねぇよ。お前に握り潰されるほどヤワじゃねぇわ」 「そうそう。大丈夫だよ~。てかさぁ、終盤で主人公が花畑のド真ん中で縦真っ二つになった時さ、もう終わんのかなって思った」 「うん。僕は、終われって思った」 「マジで勢い任せな内容だったな。主人公の嫁が地球滅ぼすとは思わんかったわ。まぁ、結末が予測不能っつーのは、唯一良かったトコだな」 「あんなん予測とか無理だろ。あれは理解不能なレベルだって。てかさぁ、あの最後の技よ! 核よりやべぇだろ。初めに火星を木端微塵にした時点で、地球規模で危機感持つだろ。つーか、主人公の名前長すぎて覚えらんなかったんだけどぉ!」 「主人公の名前ね、アルツァーベルンニーデリックだよ。木端微塵になる前から、ずっと展開おかしかったでしょ。て言うか、あれのジャンル何? ホラー? SF? ヒューマンドラマじゃなかったの?」 「ポスター見て決めたんお前だろ」 「誰があんなお花畑のポスター見て、内容グロいと思うのさ。タイトルだって『ファンタジスト・ファニー・ハニー』って。ホンット騙された····」 「ははっ。テンション下がりまくりだな。まぁ、今回は完全に騙されたな」 「マジでやられたなぁ。ロビーで流してる予告、ちゃんと観ときゃ良かったねぇ」 「だね。もう知らない映画なんて観ない。危険だよぉ····」 「次は、明るい感じのやつ観に来ような」 「うん。本当にお花畑で終わるやつがいい。ドキドキしなくていいよ、もう」 「相当ヘコんでんな。じゃぁ、気を取り直してゲーセン行こうぜ!」 「····行く!」  ゲーセンと聞いて、途端に元気が出た。なんてったって、推しのアクキーが入荷されているのだから。 「極端に元気んなったな。俺、両替してくるわ」 「あっ、俺も!」 「僕は、これの為にいっぱい100円玉持ってきたから大丈夫だよ! 先に行ってるね!」 「あはは。わかり易く元気になったな~」 「ヘコんでるよか良いわ。おい、俺らもすぐ行くから、絡まれねぇように気ぃつけて行けよ」 「大丈夫だよぉ。そんなホイホイ声なんか掛けられないでしょ」  今朝だって、ナンパなんてされたのは初めてだ。そうそうされるものでもないだろう。 「フラグ立ててったね。急ごっか····って、どんだけ両替すんだよ」 「アイツが欲しがるやつ、全部取ったる」 「ははっ。俺も負けねぇ」  2人がしょうもない張り合いをしているなんて全く知らない僕は、目当ての台を見つけ浮かれていた。  UFOキャッチャーにチャレンジしていると、知らない男の人が2人、『キミ可愛いね。一緒に遊ばな~い?』と声を掛けてきた。どうやら、また僕を女と勘違いしているようだ。  確かに小柄だし、ちょっと可愛い感じの服で来ちゃったけど、いくら女顔だからってよく見たらわかると思うのだが。毎度毎度、失礼な話だ。 「キミ中学生? オレら大学生なんだけどねぇ~」 「高校生です」 (いちいち癇に障るなぁ。て言うか、中学生なんか誘ったらまずいでしょ。それより、やっぱり僕のこと女だと思ってるよね) 「あの、先に言っときますけど、僕男ですよ」 「うっそ、こんな可愛いのに?」 「こんだけ可愛かったら男でもいいや。遊ぼーよ」  手首を捕まれ、強引に引っ張られた。 「ちょっ、痛い。離してよ!」 「あっはは! 無理やりはマズイだろ~。泣きそうな顔してんじゃん」  これは、非常にマズい状況だ。こんな所、八千代に見つかりでもしたら、暴力沙汰になりかねない。 「いいじゃん。1人でこんなん取ってんだし、どうせ暇なんだろ?」 「は? こんなん····? あっ····」  嗜好を否定された一言に腹が立ち、僕の腕を掴んでいる男の顔を睨みつけた。その向こう、男の真後ろに、八千代が鬼の形相で仁王立ちしていた。血管が浮き立って、見るからに怒り狂っている。僕は驚いて、ビクッと身体が跳ねてしまった。  即座に手を出さなかったのは、啓吾が抑えてくれているからのようだ。 「アンタらさ、俺らのお姫さんに何してくれんの?」  八千代の後ろからひょこっと現れた啓吾が、男の手首を掴み捻りあげた。 「もう、お姫さんって言わないでよ····」  助けてもらっておいてなんだが、本当に恥ずかしい。  けれど、それよりも啓吾がかっこいい。普段のヘラヘラした啓吾は何処へやら。鋭い目で相手を睨みつけ、掴んでいる手に力を込める。 「ってぇな! んだよお前····ら?」 「待っ、やち──あーあ······」  止める間もなく、ポケットに手を突っ込んだまま僕の手を掴んでいた人を蹴り、もう1人の方へとふっ飛ばした。 「場野、暴力はマズいなぁ。よーし、逃げよ~」  啓吾はケタケタ笑いながら、僕の手を引いて走り出した。ゲーセンに来ると、逃げ帰る呪いにでもかかっているのだろうか。  前回と違う所と言えば、「あぁ、アクキー取れなかったな」なんて、思う余裕がある。それはきっと、頼もしい彼氏たちのおかげなのだろう。  手を引かれるままに走っていたら、いつの間にか駅に着いていた。  息を整えていたら、丁度いい時間になったので帰ることにした。この後、八千代の家に寄り、りっくんと朔と合流するらしいのだ。  呼び出された2人は、啓吾からデートの自慢話を聞かされている。映画の愚痴と共に。それに、ヘコんでいる僕が可愛かっただとか、いっぱい食べていた僕が可愛かっただとか、同じ事ばかり言っている。ちゃっかり、僕が2度もナンパされた事には触れずに。 「今度は俺らと行こうね、ゆいぴ。絶対もっと楽しませてあげるから」 (やっぱり3人で行く予定なんだ。りっくん、自分で言ってて気づいてなさそう····。対抗心剥き出しなの可愛いなぁ) 「そうだね。りっくんと朔ともデートしたいな」 「来週の土曜な。どこか、行きたい所考えといてくれ」 「朔ってば、気が早いんだからぁ。けど、わかった。考えとくね」  なんて、僕たちの少し歪な関係が織り成せる、この取っかえ引っ変え感。物凄く複雑な気分だ。  今でも、皆を弄んでいるような罪悪感は無くならない。けれど、それよりも愛おしさが勝り、皆と心を通わせる多幸感が僕を包んでくれる。  皆にも、心穏やかに過ごしてもらいたい。その為にも、まずは隣人をどうにかしなければ。そう思うのであった。

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