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宿泊研修

 いよいよやってきた宿泊研修の日。我が校の伝統行事で、グループに別れて奉仕活動をするのがメインだ。これが評価に直結するのだから手を抜けない。    初日、僕たちのグループは老人会でのボランティア。そのグループというのが、“揉める”一択のメンバーなのだ。  クラス別ではなく、自分たちが行いたい活動に合わせて学年全体でグループを組める。だが、僕たちのグループに限っては、活動内容など完全に無視して、ただ組みたい人と組んだだけだ。  僕たち5人に加え、冬真と猪瀬くんが居る。何故、猪瀬くんがこのメンバーに入ったのか、全く意図が分からないのだが。兎にも角にも、道中から皆と冬真が揉めていて疲れてしまった。  僕は、りっくんと猪瀬くんの3人で手分けして、老人会で使う集会所周辺の草むしり担当。すると、コソッと猪瀬くんが近づいてきた。そして、とても聞きにくそうに質問を投げてくる。 「なぁなぁ、ちょっといい? 武居ってさ、マジでアイツら全員と付き合ってんだよな?」 「えぇ··っと、うん。付き合ってるよ。····引いた?」 「んや、別に。お前ら仲良くて楽しそうだな〜って思っててさ。けど、最近冬真と揉めてるよな。さっきもずっと睨み合ってたし」 「揉めてるって言うか、その····冬真に····えっと、僕がちょっかいだされてたり····するんだよね」 「それは知ってる」 「知ってるの!?」 「冬真に聞いた。武居モテまくってんのな」 「モテ····かぁ。初めはさ、男にばっかりモテてもって思ってたんだけどね。僕、単純みたいでさ。結果がコレだよ····」 「それも知ってる。啓吾が言ってたよ。武居がイケメン好きで助かった〜って」  冬真と啓吾は、誰に何を何処まで話しているのだろう。背筋をすっと冷たい汗が伝った。  猪瀬くんには一度、妙なタイミングで声をかけられたことがあって、変に思われていないか心配していたのだ。 「イケメン····は、好きだけどさ、別に男が好きってわけじゃなかったんだよね」  猪瀬くんは、終始不思議そうな顔で僕の話を聞く。未知の世界の話だと言って、興味津々な様子で質問攻めにあう。  何故か僕はツラツラと答え、危うくえっちな事まで答えてしまうところだった。話題を変えようと、胸につっかえていた疑問をぶつけてみる。 「ねぇ、猪瀬くんはなんでこのグループに入ったの? ほら、あの、やっぱりさ、皆避けてるっぽかったから····」 「あぁ、気になる人が居てさ」 「そうなの!?」 (わぁ、恋バナだぁ〜······って、僕たちのグループ、男しか居ないんだけどな····) 「このグループの中に····だよね?」 「そうだよ」 「······僕たちの中に居るって事?」 「そ。恋人も居るし、俺の出る幕じゃないのは分かってんだけどね。やっぱ放っとけなくてさ」 (だ、誰だろう。誰とも仲良いイメージないんだけどなぁ····。皆カッコイイから····そっか、モテるの女の子からだけじゃないんだ····) 「あの、えっとね、誰か聞いてもいい?」 「····冬真だよ」 「んえぇ!!?」  僕は思わず叫びながら立ち上がってしまった。りっくんが慌てて立ち上がる。 「ゆいぴ、どうしたの? 猪瀬に何か言われた? された?」 「言ってねーし、してねーよ」  僕が『大丈夫だよ』と言うと、りっくんは心配しつつも持ち場に戻った。そして僕は、猪瀬くんにヒソヒソと耳打ちをするように聞く。 「ねぇ、冬真の事が気になるって、その····恋愛的な意味で?」 「んー······。アイツ目ぇ離したらやりたい放題だから、放っとけないっつぅか····。止めてやんねぇとって感じ」 「あぁ、保護者的な?」 (なんだ、恋バナじゃなかったんだ····)  僕は、少し残念そうな顔をしてしまった。勝手にワクワクしておいて凄く失礼だ。 (けど····そっか。猪瀬くんは、面倒見がいいんだろうな) 「そんな感じかな。俺ら幼馴染なんだよね。あー····アイツが遊んでんのとか知ってんの?」 「まぁ、色々と聞いてるよ」 「今も彼女4人居んだけど、そんでも武居にちょっかい出してんじゃん? でもさ、普段執着しないアイツが自分からちょっかい出すのって、たぶん本気なんだよね」  3人と言っていたのに1人増えた。啓吾も同じような事を言っていたが、冬真の本気なんて信用できない。どうしても、冬真の本心が見えないんだもの。 「うん。啓吾にも似たような事言われたし、本人にも本気だって言われた。けど僕ね、不誠実な人ってヤダなって思って····」 「鬼頭と啓吾はいいの?」 「あはは。りっくんはねぇ、僕に関してもう頭おかしいから。そもそも僕しか見てなかったらしいんだよね。啓吾はある意味一途って言うか····。冬真とは違うんだよね」 「冬真だって····本気で好きになった子には一途だよ。それこそ周り見なくなるくらい、ね」 「そうなんだ。冬真が一途····」 「冬真さ、軽いトコもあるけどすっげぇ良い奴だよ」  これって、冬真を薦めているんだよね? 確実にわかるのは、猪瀬くんは冬真の味方という事。冬真に何か頼まれているのだろうか。 「あのね、冬真が良い人なのは知ってるけど、どうしても皆と同じようには想えなくて····。あっ。でも、いつも冬真が寂しそうな顔するのが凄く気になるんだ」 「それね。冬真って5人兄弟の末っ子でさ、昔から放置されがちだったからだと思うよ。賑やかだけど、愛情を独り占めしたことがないんだよ」 「そっか。だから独占したいっていうのに拘ってたんだ····」 「武居はさ、冬真のそういうトコに気づけるんだよな。だからアイツ、お前の事好きになったんだと思うよ。なぁ、冬真だけじゃダメなの?」 「や、えっと····。あのね、なんで猪瀬くんは僕に冬真を薦めるの? 皆と付き合ってるのも、冬真が引っ掻き回してるのも知ってるんだよね?」 「冬真に幸せになって欲しいから。冬真が手に入れたいって思う物、全部手に入れさせてやりたい」  薄々思っていたんだけれど、猪瀬くんと話していると時々、りっくんと話しているように思う瞬間がある。それに、さっきは保護者のような感覚だと言っていたが、そんな発言を聞いてなおそうとは思えない。  もしも、恋愛的な意味で想っているのだとしたら、冬真は気づいているのだろうか。敏くて軽い冬真の事だ。きっと知っていても、面倒だと思ったら触れないようにするだろう。 「猪瀬くん、やっぱり冬真の事特別に想ってるんでしょ? それとも、何か弱みでも握られてるの? 何かすっごい恩があるとか」 「弱みなんか握られてないし、特に恩も無いよ。····特別になんて想ってないって言っただろ。冬真が好きなのは武居なんだし」 「あのさ、僕でも分かるよ? 猪瀬くん、冬真の事好きだよね。そういう前提で話進めるけどさ、僕のこと邪魔だなぁとか思わないの?」 「······ハァ。そうだね。俺にとっては皆邪魔だよ。冬真の事誑かすやつは、みーんな邪魔」  ····やっぱり好きなんだ。  それにしても、爽やかなサッカー少年だと思っていた猪瀬くん。イメージがひっくり返って、りっくん並にヤバい人に思えてきた。冬真がこれに気づいていないわけがないだろう。 「だったら、なんで僕に冬真を薦めたりするの?」 「俺は、冬真が喜んでくれたらそれでいいから」  これは、りっくんとは違うタイプだ。おそらく、考え方が真逆なのだろう。 「····自分が幸せにしようとか思わないの?」 「冬真が俺の事好きならね。でも、冬真の好きなタイプって、武居みたいな可愛い子だもん。武居の事はイレギュラーかもしんないけどさ、そもそも冬真の恋愛対象って女の子だし」 「それは大丈夫だよ。神谷、ゆいぴの事抱いてから女の子に集中できないみたいだし」  りっくんが後ろからやってきて言った。ヤンキー座りで、猪瀬くんの肩に肘を置いてガラが悪い。 「だ····えぇ!? 武居、抱かっ──!?」 「シィィィッ!!」  慌てた僕は、毟った雑草を猪瀬くんに投げつけてしまった。草と土を浴びて固まる猪瀬くん。  口を覆うつもりだったが、草を持っていたから止まったつもりだった。しかし、猪瀬くんの顔面に土ごとぶっかける結果となってしまった。 「ご、ごめ····」 「大丈夫。····顔洗ってくる」  猪瀬くんは集会所に顔を洗いに行った。僕は、すぐさまりっくんを問い詰める。 「もう、りっくん! なんであんな事言ったの?」 「猪瀬が話してんの聞いてたら苛々したんだもん」 「聞いてたの?」 「聞こえたの。なんなのあれ。何でゆいぴとくっつけようとしてんのかもわかんないし、好きなクセに人に渡そうって感覚が全く理解できない」  そうだと思った。りっくんの場合は、僕の相手が女の子限定で、僕の幸せを願って身を引こうとしていたのだ。八千代が相手だとわかった瞬間の掌の返しようと言ったら、今思い返せば凄く面白い。  猪瀬くんが戻ってくるなり、りっくんが喧嘩腰で話し始めた。 「猪瀬さぁ、なんでゆいぴに神谷薦めんの? お前が好きなんだったらお前が喜ばせてやれよ。ゆいぴ巻き込んでんじゃねぇっつぅの」 「え、鬼頭ってそんなキャラなの? もっと物腰やわやわな感じじゃなかった?」 「りっくんの素はこんな感じなんだって。僕に嫌われないように優しくてイイ男演じてただけだって言ってたよ」 「ちょ、ゆいぴ、それは言わなくていいよ。恥ずかしいでしょ」 「りっくんに恥じらいなんてあったんだ····。ごめんね?」  なんだか漫才みたいなノリになってきた。けれど、猪瀬くんを和やかな雰囲気には運べなかった。 「それはどうでもいいけどさ、武居を巻き込んでんじゃなくて、冬真が好きなのが武居なんだから当事者だろ」 「まぁ····そっか。だったら、お前が神谷オトしてゆいぴに近づけさせんな」 「そんな事····できたらやってるよ」  猪瀬くんの表情が険しくなる。僕に薦めたりしたけれど、本当は凄く悔しいのだろう。 「冬真に告白とか、できないの?」 「そんな事できないよ。結果わかってんのに、できるわけないじゃん····」 「俺もゆいぴにそんな感じだったからわかるけどさ、神谷がゆいぴ抱けんだったら可能性ゼロじゃ····。待って。猪瀬はどっち?」 「····抱きたい」 「マジか····。だったら難しいね。神谷は抱かれるタイプじゃないでしょ」 「だろ? 詰んでんだよ」 「あ、あのね、だ····抱かれるのも悪くないよ?」  りっくんが土まみれの軍手で、ガッシリと僕の肩を抱き締めた。真っ白な体操着が、緑と茶色に(まみ)れる。  僕は若干引き気味で、りっくんの手をそっと引き剥がした。 「りっくん、手··汚い····」 「あ、ごめんね。後で洗うから」 「抱か····抱かれる、の··は、ヤダなぁ······」  少し考え込んだ様子の猪瀬くんだが、ポソッと本音を漏らした。 「でも、冬真が好きなんでしょ?」 「うー····好き、だよ。なぁ、変な事聞くけどさ、冬真って上手かった?」  ついに認めた。やはり、冬真の事が好きなんだ。僕は、ようやく訪れた恋バナに心が弾む。  けれど、冬真が上手いとは、一体何の話だろう。 「上手い? ····え〜······っとねぇ····」 「なんでこの流れでわかんないの? ゆいぴ、えっちの話だよ」  僕が目を泳がせていると、呆れたりっくんが耳打ちしてくれた。なんという事だ。冬真の事が好きな猪瀬くんに、えっちの感想を伝えなければならないのか。

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