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頑張ろうよ····ね?
お買い物デートから帰宅してすぐ、貰ったピアスの箱を手にする。
どれが誰の選んだ物か、分からなかったらどうしよう····、なんて不安を胸に蓋を開けた。けれど、なんのことはなかった。中には、小さなピアスが4つ並んでいる。
カッコイイ蛇のピアスは八千代だ。僕が誕生日に欲しいと言ったアレ。覚えててくれたんだ。
ローズピンクの石が中央に付いた、シルバーの小さな花はりっくん。りっくんが着けているのと同じ色の石だ。
啓吾は、この細くて小さな金の輪っか。これも、啓吾が似たようなのを着けている。啓吾が着けているのは耳輪の中程だけど。
ということは、黒くて四角い石のついた物が朔で間違いないだろう。4本の鉤 が石を掴んでいて、僕に似合うのか不安になるくらい、大人っぽいデザインだ。けど、これなら朔も着けられそうだし、なんならもうお揃いで買ってそうだな。
皆、僕に似合いそうな物を選んでくれているのだけど、なんだかんだ自分に寄せている。まったく、それぞれ主張が強いんだから。
翌日、迎えに来た八千代は僕の顔を見て察したらしい。だって、嬉しくて仕方がないんだもの。
学校に着くと早速、皆に答え合わせをしてもらう。
結果は全て大正解。皆は少し不満そうだ。けれど、それよりも僕が見事に当てられた事のほうが嬉しいみたい。
「皆ね、それぞれお揃いっぽい感じなんだもん。すぐ分かったよ」
「だってさ、なんか繋がってる感じすんじゃん? 選んでたらついそういうの見ちゃってさ。結人は嫌だった?」
「嫌なわけないでしょ! 僕が皆のモノって感じがして嬉しい」
僕がそう言うと、皆は嬉しそうな顔をしてくれる。僕もつられてニヤケていると、猪瀬くんが話し掛けてきた。
「楽しそうなとこ悪いんだけど。啓吾と場野さ、今日集会あるだろ。いい加減ネクタイしろって谷川さんから伝言ね」
「えぇ〜。ネクタイやだよ〜」
啓吾はクラスが違うのに注意を受ける。2年の時の名残だろうか。
そう言えば、2人が学校でネクタイを締めているのなんて殆ど見たことがない。葬儀の時はちゃんとしてたのに。これは、是非とも見たい。
「八千代は····ボタン留めるとこからだね。啓吾はネクタイしないの?」
「上手く結べねぇもん。お葬式ん時とかも場野にやってもらったし」
「なら僕が結んであげる。だからネクタイしよ? ね?」
折角、今日はパーカーじゃないのだ。これはチャンスじゃないか。
啓吾は僕の圧に負け、職員室でネクタイを借りてきた。ワクワクしながらやってあげるが、向かい合うと上手くできない。
「あれぇ? うーん····僕がやるから見てて。一緒にやってみよ」
手本を見せたが、啓吾は首を捻って唸る。
「前からじゃわかんねぇな····」
そう言いながら僕の後ろに周り、後ろから覗き込むようにして見る。近すぎて、抱き締められているみたいでドキドキしてしまう。
「啓吾····近いよ」
「ふはっ、赤くなってる。ちゅうしちゃう?」
なんてバカな事を耳元で言うんだ。
「ひぅ····け、啓吾のばぁか。もう! ちゃんとネクタイ見ててよ」
「ははっ、ごめんごめん。つぅかなぁ、これ後ろからやってくれたらできんじゃね?」
「······あぁ! 啓吾、頭良いね」
僕は啓吾の後ろから、抱き締めるようにしてネクタイを結ぶ。もしかしてこれは、イチャついてるように見えるのだろうか。なんだか、女子からの視線が痛い。
「よし、できたよ····」
「あんがと♡ どう? 似合う?」
「はうっ····似合う。凄く似合ってるよ。カッコイイ····」
僕がスマホで写真を撮っていると、八千代がスマホを取り上げた。そして、僕にネクタイを渡してくる。まったくもう····。
「八千代、しゃがんでくれる? 椅子だと高いからできないよ」
「お。髪結ぶか?」
「大丈夫。ほら、前向いてて」
「ん」
少し伸びた髪が頬に触れる。擽ったいけど、八千代の匂いがしてイイ。
折角だから、日頃の仕返しをしてやろう。と、僕の中の悪戯心が騒ぐ。意を決し、耳元で囁いてみる。
「ねぇ八千代、教室でイチャついてるみたいでドキドキするね。ね、好きだよ」
「······チッ」
さり気なく、軽く耳に唇を触れさせる。八千代の耳が熱い。やり過ぎてしまっただろうか。
「あっ! りっくんと朔はわざわざネクタイ解 かない··で······はぁ····」
しゅるっと勇ましくネクタイをとる2人。人差し指を結び目に掛け、ググイッと下ろすのがカッコイイのなんのって。····そうじゃない。
2人はいつも、僕より綺麗に結んでいるのに。あえて、クオリティを下げる必要はないと思うのだけど。
仕方がないので、りっくんと朔のネクタイを結び直す。八千代にしたような悪戯もしてやった。
2人とも、耳を赤くして大きな溜め息を吐 いていたけれど、僕は少しスッキリした。
そうして、今回の集会は難なく終えた。啓吾と八千代がよく先生から呼び出しを食らうので、僕は毎回ヒヤヒヤするのだ。
当の本人たちが気にしていないのがまた厄介で、改善する気はさらさら無いらしい。勉強と同じくらい、素行にも気をつけないとダメだと思うんだけどな。
啓吾は学校にピアスをしてこなくなったが、八千代は全くお構いなしだ。そんなだから、僕に悪影響を与えてるとか思われるのだろう。
段々と腹が立ってきたので、この機会に注意しておこう。放課後、八千代の家でお説教だ。
僕は、啓吾と八千代にお説教をする。手始めに、制服の着こなしからだ。
2人は普段、なかなかに着崩している。すっごくカッコイイけど、先生からは再三注意を受けているのだ。アクセサリーも然り。
八千代なんて、指輪を通したネックレスを没収されかけた時、強行突破で早退したっけ。あれには皆、驚くと同時に呆れていた。
見えないようにするか外すかを選ぶように言うと、断固として両方とも拒否された。見せびらかしたいから、意地でも外したくないらしい。
気持ちはわかるけれど、そういうわけにもいかない。それに、階段の途中から下の階に飛び降りたのを見た時は、心臓が止まるかと思ったのだ。
結局、1ヶ月くらい粘っていたが、先生のほうが根負けして諦めてしまった。
「八千代は危ない事するのもやめてね。僕の心臓、何個あっても足りないよ」
「あ? 俺、なんか危ねぇ事したか?」
自覚がないのが手に負えない。説明すると、鼻で笑われた。
「ハッ、あんなん危なくもなんともねぇわ」
「危ないよ! 僕がやったら大怪我だよ····」
自分で言っておいて情けなくなる。運動能力の差があるのは認めるが、やはり見ていてヒヤッとするような行動は控えてほしい。
僕が頼むと、八千代は『善処する』と言った。あまり、期待はしないでおこうと思う。だって、皆曰く八千代は野生児 だもんね。
お説教もそこそこにおやつを食べていると、朔が思い詰めた表情で言葉を落とした。
「なぁ、忘れてたわけじゃねぇんだけどな、莉久ん家に挨拶行かねぇのか?」
「「「「····あぁ」」」」
僕も含め皆、忘れていたわけではない。けれど、なんとなく後回しにしなっていた。気がつけばもう11月。どうやら、後回しにし過ぎたようだ。
「そうだよね。早く挨拶に行かないとだよ」
「えぇ〜····。どうせ反対とかされないだろうし、別に行かなくてもいいかなって思ってたんだけどなぁ」
りっくんは、ポテチをハムハムしながら言った。凄く嫌そうな顔をしているが、理由は思い当たる。
「ダメだよ! ちゃんとしなきゃ。····って、おじさんは?」
「えっとねぇ····今回は半年くらい帰ってない」
「そう言や莉久の親父さんて何してる人なん?」
「なんかの研究してるっぽい。興味無いからよく知らないんだけど、呼んだらだいたい帰ってくるよ。それに、自分のと俺らの誕生日だけは呼ばなくても帰ってくる」
「あっ、そう言えば····。おじさんの誕生日ってもうすぐじゃなかった?」
「······明日」
「「「えぇ····」」」
八千代と啓吾、それに朔まで怠そうな表情を見せた。
「お前の親父、絶対めんどくせぇタイプだろ。俺ん家も言えたギリじゃねぇけどよ····」
「まぁね。だから、別にいいかな〜ってちょっと思ってた」
「けど、莉久ん家だけ挨拶に行かねぇわけには·····なぁ」
「そうだよな〜。じゃ、明日いけるか聞いといてな」
「マジかぁ····」
りっくんは渋々明日のアポをとる。おばさんに聞いたら、おじさんに確認もしないで快諾してくれたらしい。流石だ。
かなり急だけど、明日でいよいよ最後の挨拶 。きっとおじさんの事だから、説明した直後に『いいね』で終わるんだろうな····。
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