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ミッション完了
おじさんの誕生日なのに、それを蔑ろにするりっくんと希乃ちゃん。おばさんが見かねて、おじさんの好物の唐揚げを出してくれた。
けれど、これがまた問題だった。
「俺が好きなの塩····」
「結人くんはタレ絡めてる方が好きなのよ」
まさかだよ。おばさんまでそれじゃ、いくらなんでもフォローのしようがない。
困った僕は、何をとち狂ったのか奇行に出てしまう。だって、本当におじさんが可哀想だったんだもん。
多分だけど、りっくんと同じ感じで喜んでくれると思ったんだ。本当に、苦肉の策だったんだと思う。
「えっと、あの····えーっと····おじさん、タレのも美味しいよ! はい、あーん」
「いいの!? あ〜··っん♡ 美味しい····結人くんにあーんしてもらう唐揚げ····うぅっ····美味しいよぉ····」
思った以上に喜んではくれたが、まさか泣き出すとは思わなかった。昔からメンタルが脆弱なおじさんだもの。仕方ないけど、久しぶりすぎて戸惑ってしまった。
「え。ちょ··おじさん、泣かないで····。ちょっとりっくん、どうにかしてよぉ」
「父さん、マジで有り得ないんだけど。ゆいぴからあーんしてもらうとか、俺が何年我慢したと思ってんの?」
「そうじゃないでしょぉ····」
もう手に負えない。皆、僕たちを無視して黙々と食事している。僕も、そっと気配を消そうと思ったが失敗した。
おじさんにガッツリと捕まってしまい、ビールを注ぎ、ケーキのロウソクを一緒に吹き消し、開き直って強引に誕生日を祝った。
挨拶に来たんじゃなかったっけ····。なんて疑問は、とっくに頭から消し去っている。
「はぁ〜····ついに結人くんが嫁かぁ。幼稚園の頃、莉久が結人くんをお嫁さんにするって言い出した時は何言ってんだって思ってたんだよ? けどねぇ、結人くんを一目見たら····そりゃそうなるよねって。なぁ〜莉久ぅ」
「うるせぇ。······んじゃ、そろそろお開きね。酔っ払いは恥ずかしいからさっさと部屋入って」
「そんな殺生な〜」
りっくんのイラつきがピークに達したようだ。そそくさと片付けを済ませると、僕たちを連れて家を出てしまった。
「なんかホントごめん。父さん昔っからあんなんでマジで恥ずかしいんだよ。だから、ゆいぴにもあんま会わせたくなかったのに····」
「親父さん、面白かったぞ。お前がそんななのもよく分かった」
「だな。完全に親父似じゃねぇかよ。つぅか、今までアレでよく····」
八千代が、何かを言いかけて言葉を飲んだ。僕をジッと見て、無言で僕の頭を撫でる。
「な、なに?」
「お前、莉久ん家行かなくなったん中学からか?」
「うん。その頃からりっくん、彼女が途切れなくなったし、あんまり遊ばなくなったから····」
今思えば、あの頃のりっくんは、僕を諦める為に必死だったのだろう。半ば、自暴自棄になっていたのかも知れない。そう思うと、なんだか心が痛む。
虚ろな目をして『彼女ができた』と報告された時、僕は何て言ったっけ。確か『羨ましい』だった気がする。本当に酷な事を言ってしまったのだと、今なら分かる。
「それがどうかしたの?」
「中学でも変わんねぇまんまだったら、俺と付き合う前に莉久とデキてたんかなって思っ······ンだよ。何ニヤけてんだ」
「えへへぇ〜。八千代、なんか焦ってるなぁって。珍しいから嬉しくって」
「うるせぇな。ここで口塞ぐぞ」
「えぇ〜やだ〜」
僕とりっくんの家の、ちょうど中間地点。こんなところでキスなんかして、ご近所さんに見られでもしたら困る。
「しっかし、こんで挨拶 終了だなぁ。俺ん家と莉久ん家は挨拶って感じしなかったけど」
「これで、本当に公認だね。なんか····んへへ。照れるねぇ」
僕は、ザワつく胸の煩さを心地良く感じた。これは、ワクワクと呼んでも良いのだろうか。
明日から何かが変わるわけでもないのに、きっと明日はもっと晴れやかな気持ちになっているのだろう。そう思わずにはいられない。
キスはダメだが、手は繋いでいる。啓吾とりっくんに挟まれ、僕たちは静かに帰路をゆく。時々、啓吾とりっくんを見上げると目が合う。こそばゆくて、へへっと笑ったら肩を寄せてくれる。
「俺ずっと気になってたんだけどさ····」
公園に寄って少しお喋りしていると、啓吾が神妙な面持ちで話し始めた。
「場野と朔が目星つけてる家ってドコ? 結人のお母さんに言ってたじゃん。結人ん家の近くでとか、金額的にも目処ついてるみたいなさ。つぅ事は、ある程度場所も決めてんだろ?」
「あぁ。結人ん家から20分くらいの所に良い土地があった。お前らにも相談しようと思ってたんだ」
「僕たちの家····えへへ」
「いやでも、俺らに相談って言ってもさぁ······。俺ら金出せねぇよ?」
「んなもん出させる気ねぇわ。相談つっても立地とかな。家は朔のお袋が、知り合いの建築家に頼めるつってたから今度1回話しに行くぞ。まぁ、俺と朔が勝手に言い出して話進めてんだ。勝手に買うから来いや」
きっと、余程ご機嫌なのだろう。八千代が僕の腰を抱き寄せ、りっくんと啓吾にイイ笑顔を向けて言う。ご機嫌な八千代は、怒っている時よりも饒舌だ。
「カッコイイ事言ってくれちゃってさぁ。遠慮なく住むけど、気とか遣わないからね」
「んなもん期待してねぇわ。つぅか、んなちっせぇ事言うくらいだったら誘わねぇっつぅの」
「だな。俺らは結人と居る為に、それぞれにできる事やればいいんじゃないか? 結人が俺らと居たいと思ってくれる限りは」
「ンなら一生だな。な、結人」
「う、うん。ねぇ、もう恥ずかしいからやめて? 普通にここ外だからね。人も結構居るからね」
りっくん家から僕ん家に向かう道中の公園。という事は、僕ん家の近所でもあるのだ。衆目 の中、見知った人だって居る。聞かれたら恥ずかしい事ばかり、ポンポン口から飛び出すんだから。
「ねぇ、今度の休みに行ってみねぇ? 俺らん家の候補」
「わかった。凜人に車頼んどく」
「え、でも····。しょっちゅう車出してもらうの悪いよ。僕ん家から20分くらいでしょ? 歩けるよ」
「わりぃ。徒歩じゃなくて、車で20分な。あんまり近すぎても、色々と都合の悪い事もあるだろ」
「確かにぃ。知り合いとか近いと問題ありありだろうな〜」
「なんで?」
「そりゃ住み始めたらすぐ分からせてやっから気にすんな」
「えぇ····」
また、僕だけ分からない事らしい。この感じだと、どうせ教えてくれないのだろう。今分かるのは、いずれ知れるなら気にするだけ無駄だという事。
色々あったけど無事に挨拶を終え、近々未来の我が家に夢を置きに行く。僕たちは未来に向かって一歩一歩着実に歩みを進めている。僕を含め皆、意図せず昂っているようだ。
家に帰り、僕は挨拶を終えた事を母さん達に告げる。2人は『お疲れ様』と言ってくれた。
少し気の抜けた僕たちは、明日からまた日常に戻る。それは、今を謳歌し将来へ胸を踊らせ、昨日の自分を褒めてあげたくなるような、輝かしい物だと信じている。
けれど、そんなふわふわしているのはきっと僕だけ。皆は、僕より沢山の事を考え、備え、蓄えてくれているのだろう。ぽやぽやしていられないのはわかっている。
だけど、今日くらいは許してほしい。明日から、僕も皆と一緒に頑張るから。
グループ通話で『僕も頑張る』と言うと、皆は口を揃えて『充分頑張ってる』と言ってくれた。こんなに甘えて頼りっぱなしなのに。
僕は、父さんに“頼りになる男”になりたいと相談した。すると、無謀だと言われたが、まずは皆が僕にどう在ってほしいか確かめた方がいいと言われた。そして、無駄に心配を掛けないようにしなさいと、母さんに言われてしまった。
僕だって、皆の役に立ちたいし、もっと頼られたいんだけどな。やはり難しいのだろうか。今後の最重要課題だ。
それと、課題がもう1つ。啓吾の成績だ。今のままではギリギリ合格ラインに届かない。色恋に現を抜かしてばかりはいられない。
入試までに、できる限りの事をしよう。啓吾も一緒に、キャンパスライフを送れるように。勉強だったら、僕も少しは役に立てそうだもの。
朔が言っていた、それぞれができる事をして、僕たちは支え合って生きていくんだ。ずっとそう在りたいな。
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