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恋人体験

「思ったんだけどさ。この体験って、アイツにとって苦になんの? アイツのデメリットって何? ぶっちゃけさぁ、ノーリスク・ハイリターンじゃね?」  真尋が僕との恋人体験を始めてから、漸く訪れた初めての休日。今日も今日とて、八千代の部屋でイチャつきながら過ごしている。真尋は部活で、お昼頃に来るらしい。  そんな中、啓吾がおもむろに言い出した。確かにそうだ。僕の為なら何でもやってしまう、りっくんタイプなのだから。何を強いても苦にならないだろうし、対僕専用の大容量キャパで耐え抜いてしまうだろう。  八千代が面倒だと言っていたのは、おそらくそういう事なのだ。あの真尋が引き下がる結末なんて、正直誰にも想像できていない。 「大畠····。お前、俺の話聞いてたか?」  朔はゲンナリした表情を見せ、刺々しく啓吾に言葉を投げる。 「別に、真尋をイジめるわけじゃねぇんだ。ましてや苦行を()いるわけでもねぇ。結人が俺らに溺愛してる所を見せつけて落胆させるんだろ。俺らと真尋じゃ、想われ方が違うって思い知らせる。要は、現実見て諦めろって事だ」 「それなぁ、結局結人頼みなトコが不安だわ。つぅかよぉ、俺らン中でメンヘラ担当もう居んだろうが。ンなめんどくせぇヤツ2人も要らねぇっつぅのな」 「おい、誰がメンヘラ担当だよ」  りっくんが八千代に突っかかる。聞き返している時点で、自覚があると言っているようなものだ。  まぁ、朔の言い分も分かるが、啓吾の言う事にも一理ある。あの状況で折れなかった真尋が、果たしてめげる事などあるのだろうか。  明白な対策は何も浮かばないまま。部活を終えた真尋がやって来た。  慣れた様子で上がり込み、我が物顔でシャワーを浴びに行く。いくらなんでも図々しい。僕は、保護者感覚で申し訳なくなり、八千代と啓吾に謝った。  すると、2人とも全く気にしていない様子で、てっきり気を遣ってくれているのかと思った。けれどそういうワケではなく、元々こういう予定だったらしいのだ。  ちゃっかり皆と連絡先を交換して、僕抜きで話を進めていたんだね。なんでも、一度家に帰る時間が勿体ないと言い出したのだとか。  僕に関しては共感できてしまう皆だから、真尋のそういう我儘を大目に見れるんだって。変なの。  真尋がシャワーを浴びている間に、啓吾が昼食を作ってくれる。朔がそれを手伝いに行き、僕はりっくんに口を犯されながら待つ。  暇を持て余した八千代が、後ろから脇腹を噛んで遊び始める。沢山噛み跡をつけられ、見るも無惨な背中になった。  そこへ、シャワーから戻った真尋が参戦する。昨日は内腿に、これでもかってくらい皆で噛み跡をつけるから、歩くと擦れて少し痛い。それでも容赦なく、今日は背中とお腹につけるつもりらしい。  こんな身体、人に見られたら大変だよ····。  僕がグデグデにされた頃、昼食の坦々麺が運ばれてきた。この間、八千代が試食してたやつだ!  僕は身体を軽く拭いてもらい、ふわふわしながらも食事にありつく。 「啓吾、ホントになんでも作れちゃうんだね。この坦々麺、辛くなくて食べやすいよ」 「結人は辛いの苦手だもんな〜。あ、そうだ。これ肉多めに入れてっからさ、残った汁に飯とチーズ突っ込んだらチーズタッカルビみたいになんじゃね? 食ったことねぇけど」 「僕も食べたことないや。でも、美味しそうだね」  啓吾がまたテキトーな事を言っているが、確かにそれは共感できる。あくまで、味はイメージでしかないが。 「だろ? とりあえず今度食いに行こっか」 「あははっ、そうだねぇ。あ、でもさ? 坦々麺にはカルビ入ってないから“チーズタッ”··だね」 「「「「ぶはっ」」」」  啓吾以外、全員吹き出してしまった。何が面白かったのだろう。 「お前ら汚ぇな····。結人も、急に笑かすのやめてやんな?」 「僕、変なコト言った?」 「ゲホッ····アホな会話してんじゃねぇぞ。クソッ、お前らちゃんと拭けよ」  八千代がキレながら、ティッシュをバシュバシュ引き抜く。 「ティッシュ取って····。ケホッ··ゆいぴは発想が可愛いなぁ♡ ゴホッ」  八千代は、りっくんにティッシュの箱を投げつけた。りっくんは自分も咳き込みながら、真尋と朔にもティッシュを配る。なんだか大変そうだ。 「ゲホッ····結にぃは可愛いの宝庫だね」 「グフッ····ゲホッゴホッ····」 「朔、大丈夫? お水飲める?」  1番大変そうな朔の背中をさすり、急いで水を渡す。 「わ、わりぃ····ゴホッ····辛いから、 ちょっと(つれ)ぇ」 「僕の所為なんだよね? ごめんね?」  皆は気にするなと言ってくれたが、そもそも何が面白かったのかは教えてくれなかった。一体、何だったのだろう。  昼食を食べ終え、僕たちは最近リニューアルオープンしたアウトレットパークに向かう。楽しみにしていたデートだ。  えっちばかりではないと、真尋に知ってもらう為でもある。りっくんと啓吾が、どんどん恋人らしい事をしようと言い出したのだ。  とりあえず僕は、羽目を外して皆に甘えればいいと言われた。そんな雑な作戦説明があるか。  けれど、他にどうすればいいかも分からないので、言われた通り真尋の前では遠慮なく甘えてみる。    手始めに、りっくんとガッチリ手を繋ぎ、肩をくっつけて歩いてみる。当たり前のように恋人繋ぎができるようになったのも、僕の中では大きな進歩だ。  初めは見せつけるようにくっついていたが、段々自然にイチャついてる感じになってきた。そして僕は、見せつけるだとかそんなのは忘れて、普通にデートとして楽しんでしまう。  すると、真尋が分かりやすくヤキモチを妬き始めた。 「ねぇ、結にぃ。俺とも手繋ご?」  僕に手を差し出す真尋。頭に、垂れ下がった仔犬の耳が見えた気がした。 「ん゙っ、いいよ····」  真尋には甘えちゃダメなんだっけ? 甘やかすのもダメなのかな····。  でも、恋人体験なのに避けたり断るのも違う気がする。早くも、どうすればいいのか分からなくなってきた。  困惑して、後ろを歩く朔に視線を送る。“助けて”と訴えたつもりだったのだが、優しくニコッと微笑まれた。すっごくカッコイイけど、そうじゃないんだよね····。  仕方がないから、動揺を隠そうとテキトーに話題を振ってみる。 「そう言えば、真尋は何部なの?」 「あれ、言わなかったっけ? サッカー部だよ。モテるからね」 「そんな理由······う? モテたいの?」  なんだろう。このモヤモヤと込み上げる気持ちは。両手を繋がれているから、熱くなる胃の辺りを握れない。 「俺がモテたらさ、結にぃが妬いてくれるかな〜って。あ、ねぇ。今ちょっとモヤってるでしょ」 「モヤ····モヤってないもん!」  ふんっと、顔をりっくんの方へ背ける。そこに見えたりっくんの表情は、僕のモヤつきを疑うようなものだった。振り返って見ると、皆も同様に疑いの眼差しを向けている。  確かに、少しモヤッとした。けれど、それがヤキモチだとは思わない。言い寄ってくるくせに、どういうつもりなのだろうと思っただけだ。  皆の態度に腹が立った僕は、2人の手を振りほどいて歩き始める。 「あっ、ゆいぴ! 迷子になるよ!?」 「りっくんのばかぁっ! もうそんな子供じゃないもん····。それより皆、今僕のこと疑ってたでしょ。今のは分かったもんね! モヤッとしたけどヤキモチじゃないもん! 」   僕は感情を抑えきれず、皆の静止を無視して走り出した。悔しかったのか悲しかったのかは分からない。まぁ、僅かばかりの申し訳なさは確実にある。  とにかく、1人になって気持ちの整理をつけたい。皆の反応は、これまでの自分に対する順当な評価だ。そう頭では分かっていても、腹立たしさが足を動かした。  僕は雑踏に揉まれ、あっという間に皆とはぐれた。ついさっきまで追ってきていた皆の姿は、もうどこにもない。途端に不安になる。  1人で外に立つのなんて、本当に久しぶりだ。立ち尽くして辺りを見回す。何処へ行こうか。  行くあてもなく、フラフラと歩いてみる。現在地もよくわからなくなって、とうとう人混みに酔い始めた。1人じゃ何もできない無力さを痛感して、近くにあったカフェへ避難する。  コーヒーのほろ苦い香りが立ち込めている。僕はココアを注文し、1番大きいサイズのカップを手にカウンター席に着く。そして、渾身の大きなため息を漏らした。 「僕、何やってんだろ····」  また皆に迷惑と心配を掛けている。自覚はあれど、真尋が関わると気持ちが混乱するから、皆と一緒に居るのに落ち着かない。  2つ目の大きな溜め息を零した時、背後から来た朔が僕を覗き込んだ。

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