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はしゃいじゃうよね!
出掛けようと言うものの、問題がひとつあった。媚薬を使われた僕を外に出して大丈夫なのかと、りっくんが物凄く心配している。
すると、啓吾があっけらかんと『大丈夫だろ』と言った。飄々とした口振りに、苛立ちを隠さないりっくん。
「なんでそんな軽いんだよ」
「だってアレ、そんなキツいやつじゃねぇもん。凜人さんに、弱いのにしてって言っといたからさ。ちょっと休めば動けるようになるって」
効き目は充分だったはず。プラシーボ効果と言うやつだろうか。
けれど、そうだと分かればもう大丈夫。皆が弄らなければふわふわも止まるだろう。
皆は、自重するんだと歯を食いしばり、交代で僕を介抱しつつ走りに行った。そうして、僕が立てるようになったら出掛ける事にしたのだった。
外は真っ暗。弱いと言っていた割に、ふわふわしなくなるまで時間がかかってしまった。
僕たちはペットショップへ駆け込む。ホームセンターの中にあるから、ついでにペット用品も揃えられる。
「わぁ····! ねぇ、ホントにどの子でもいいの!?」
ペットコーナーで、目を輝かせ心を踊らせる僕。それとは裏腹に、落ち着いた様子の旦那様方。僕一人、子供みたいじゃないか。
けど、そんなの気にしていられないくらい、躍る心が地に足を着けない。
「あぁ、色々見てみろ。気に入るのが居たらいいな」
「うん! あっ、見て! ハムスター居たよ」
僕は数ある種類から、ジャンガリアンを選んだ。ロボロフスキーと悩んだが、ジャンガリアンの青みがかった淡い灰色の子が目を引いたのだ。
「この子にする」
「それだけでいいのか? そっちの麻呂みたいなやつも気になってんだろ?」
「マロ····ふふっ。うん。でも、1匹で充分だよ」
「気になんだったら買えばいいだろ。それによぉ、俺ぁこっちのが好きだわ」
八千代が、ロボロフスキーのケースを指でツンツンする。
「そうなの? だったらそっちに──」
「だぁらよぉ、両方飼えばいいだろって。俺らも一緒に世話すっから心配すんな」
そう言って、八千代はそれぞれ1匹ずつ買ってしまった。後で聞いたのだが、ロボロフスキーが僕に似ているから気に入ったんだそうだ。
他の皆も、心做しかロボロフスキーのほうが気になるらしい。おそらく、八千代と同じ理由なのだろう。
同意書にサインし、ハムスター達を持ち運び用のケースへ入れてもらうのを、啓吾と2人でそわそわしながら待つ。啓吾も動物を飼うのは初めてで、僕ほどではなくともワクワクしているようなのだ。
店員さんが戻るのを待つ間、啓吾は僕の腰を抱き寄せ、わざわざ耳元で話し始めた。八千代とりっくんは、ケージや餌を選んでいて忙しそうだし、朔はイイ笑顔でトカゲを眺めている。誰も助けてくれない。
「なぁ、名前なんにする? 結人はなんか考えてんの?」
「ひぅっ、う、ううん。まだなんにも····」
かく言う啓吾も、これと言って案は無いらしい。
「えっと、ね、可愛い名前がいいなって思ってるの。んっと····、ちっちゃい··グレー····」
考えていると僕のお腹が鳴った。晩ご飯、まだだもんね。
「そば····」
「ん? 晩メシ蕎麦食いてぇの?」
「ううん、この子の名前。お蕎麦みたいな色してるでしょ」
「あー··うん。そうね。ふはっ····で、蕎麦?」
「変かな?」
「変っつぅか、結人らしいなって。いいんじゃね? めっちゃ可愛い」
そう言って、何故か満足そうに目を細めて笑う啓吾。凄く幸せそうだ。
他の皆にも、僕らしいと言われた。そして、ロボロフスキーのほうは、朔が言っていた“マロ”を採用した。
家に帰り、リビングで2匹それぞれの家を準備する。脱走しないよう、細心の注意を払ってお家に放った。
暫くの間は警戒していたが、数時間もすると回し車で遊んでいた。すっごく可愛い。
お風呂あがり、寝る前にボーッと眺めていると、隣に来た八千代が僕の頭をポンポンして言う。
「どうだ? 新しい家と、新しい家族は」
「家のほうはまだ慣れないや。ホテルに泊まりに来てるみたい」
家族とは、皆の事だろうか。それとも、ハムスター達の事かな。まぁ、どっちにしてもだ。
「家族、いっぱいで賑やかになりそうだね。早く、僕 た ち ら し い 家族になっていきたいね」
八千代は、僕の頬に指を這わせ『そうだな』と言って、穏やかな笑顔を見せてくれた。
寝る前には皆、自然とリビングへ集まり温かい飲み物を飲む。そして、カラカラカラッと元気いっぱいな、小さな家族の賑やかしい音に耳を傾ける。
「ところでさ、僕ってどこで寝るの?」
「それな。今日はもうヤリ部屋でいいけどさ。毎日っつぅわけにはいかねぇよな。バイトとかで夜遅くなったりもするし」
「俺もだな。本格的に仕事が忙しくなったら、暫く帰りは結人が寝てからになるかもしんねぇ」
「俺もだわ。けどまぁ、誰も居ねぇって事にはなんねぇようにすっから、あんま心配要らねぇだろ」
「当然だよね。だからさ、ゆいぴはその日居る人と寝ればいいんじゃないかな。休みが合った時とか皆一緒が良かったら、それこそヤリ部屋で寝たらいいし」
色々理由をこじつけているが、本心は僕と2人きりの夜を過ごしたいらしい。僕がしょぼんとしていたら、啓吾がこっそり教えてくれた。
誰かが居ないのは寂しいけれど、我儘ばかりも言っていられないものね。そこで、僕がハッと気づいて『ローテーション通い妻だね』って言うと、皆失笑していた。
とにかく今日は、皆一緒にヤ リ 部 屋 で寝る事になった。明日は学校だから、もうえっちはしないと固く誓った皆。
このあと僕は、ジャンケンの勝者に甘く抱き締められて眠るんだろうな。
これから、寂しさを抱き締める日々だって来るかもしれない。けどそれは、僕だけじゃないんだ。
今の僕にできるのは、皆を癒して元気にする事。元気って、えっちな意味だけじゃなくてね。
明日はりっくんがバイトで遅くなると言っていた。早速何かしたいけど、空回りしないように気をつけなくちゃ。
朝になり、香ばしい香りで目が覚める。扉が少し開いていて、キッチンで調理をしている音が聞こえた。
部屋を見回すとりっくんが居ない。きっと、早く目が覚めたから朝食の支度をしてくれているのだろう。朝食は、先に起きた人の担当なのだ。
僕を抱き締める腕をそぅっと退かし、朔がまだ眠るベッドを抜け出した。ぺたぺたとキッチンへ向かう。スリッパは行方不明だ。
美味しそうな匂い。僕の好きなコンポタだ。ちょっとだけつまみ食····味見をしよう。
スプーンにひと掬い。とうもろこしの甘い匂い。さて、一口──
「あっ! ゆいぴダメ!」
「んぇ──ぅあ゙っっづぅ!!」
「ははっ、朝からうるせぇ〜。まーたつまみ食いしてんの? って、結人!? え、大丈夫!?」
のらりとやって来た寝起きの啓吾。スプーンを落とし、舌を出している僕を見るなり、慌てて駆け寄ってきた。
ジンジンする舌をどうする事もできず、バタバタと足踏みをする僕。氷が欲しい。
冷蔵庫に駆けて行ったりっくんが氷を持って戻り──、あれ? 手ぶらなんだけど、氷は何処だ。と、涙目でりっくんを見つめると、僕の後頭部を引き寄せキスをした。
カランと氷が入ってくる。あぁ、そこだったんだ。
氷を挟んで舌を絡めゆっくりと溶かす。氷の冷たさよりも、混じり合う吐息の熱で徐々に痛みが和らぐ。でも、擦り合わせる様に舌を舐められるのは痛い。
氷が溶けると、続けて啓吾がキスをしてきた。こちらも口の中に氷を忍ばせていたようで、カランと入ってくる。
何故だか、啓吾も舌を擦り合わせるんだ。キスの甘さで、痛いと言う余裕はない。それに、時間の経過と氷の冷たさで、りっくんの時よりかは幾分かマシだ。
騒ぎで起きた八千代が、キッチンへ来るなり僕の舌先を引っ張って診る。呆れ顔で『気ぃつけろよ』と注意された。たぶん僕だけじゃなく、りっくんにも矛先を向けている。悪いのは僕なのに。
で、返事をする間もなく、消毒だとか言ってキスをされた。舌を擦り合わせると痛いんだってば。
とは、一度も伝えられていないままだけど。もう、それさえも気持ちイイのだから、今更文句など言えない。
遅れて起きてきた朔は、事の顛末を聞いて駆けつけられなかった事を悔やんでいた。そして、悔やみながらキスをする。
(なんで皆、火傷してるのに舌を擦り合わせるんだろ。意地悪だなぁ····)
「んっ、はぁ····朔 ··痛い ····」
ハッとした様子で唇を離す朔。
「あぁ、わりぃ」
「いいよ。みーんな痛いのシてくれたからね」
と、少しだけ嫌味を言ってみる。誰も聞いてなどいないようだが。
「ねぇ、もうキスいいでしょ。そろそろご飯食べないと遅刻するよ。ゆいぴ、ご飯食べれそ?」
「うん。大丈夫!」
りっくんが作ってくれたクロワッサンサンドと、夕べ啓吾と一緒に剥いたゆで卵。デコボコしているのは僕が剥いたヤツ。
それと、少し冷える朝にありがたい大好きなコンポタ。たとえ舌が痛くとも、食べないという選択肢はない。それに、皆のおかげで痛みは随分と引いている。
凄く幸せな朝だ。これが毎朝だなんて、どうにかなっちゃいそうだよ。けど、この幸せにもいつか慣れてしまうのだろうか。慣れたくないな。
僕は美味しそうな朝食を目の前に、惚気けた事を考えていた。ってのは一瞬。
胸の前で手を合わせる。今日もいっぱい食べて元気に過ごすんだ。
「いただきまぁす♡」
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