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クソ寒いよね

 寒さが厳しさを増す中、クリスマス会という名の顔合わせが行われている。新居のお披露目会も兼ねて、屋上でバーベキューをしているのだ。  僕は、重ね着に重ね着を重ねて、達磨の様にまん丸になっている。父さんに、過保護にされすぎだと呆れられた。    今夜は、ホワイトクリスマスが予想されているほどクソ寒い。寒がりなりっくんと八千代は、室内で鍋でもすればいいと猛反対していた。が、それも一転する。  僕の両親を誘いに行った時、啓吾が『流石にもうガッツリ寒いし、バーベキューはしんどいっすか?』と聞いた。けれど、母さんが『大丈夫よ。クリスマスにバーベキューなんて初めてだからワクワクしちゃうわ〜』なんて言ったものだから、途端にやる気を出して準備を始めたのだ。本当に単純なんだから。  お披露目も兼ねているので、家中を一通り案内した。僕とりっくんの両親は、まるで別世界にでも来たかのような顔で見て回っていた。  母さんが『リゾートホテルみたいねぇ』なんて言うのが予想通りすぎて、おかしくなって笑うと怒られた。  啓吾のお母さんは来ていない。何度か背中を押してはみたが、啓吾はとうとう声を掛けなかった。もう、連絡も取っていないんだそうだ。啓吾がそう決めたのだから、僕たちはもう何も言わない。  僕としては、来てほしい気持ちがあった。けれど、これは啓吾なりの線引きなのだろう。そう思うと、余計な事は言えなかった。  啓吾は特に、僕の母さんと八千代のお母さんに懐いている。今日だって、気がつくとどちらかと喋っているのだ。それを見ると、安心感と共にどこか切なさを感じる。  強がりだとか寂しいだとか、そういうのではないと分かっているのだが、無意識に母親(それ)を求めているのかもしれないと勘繰ってしまう。そんなつもりはなくとも、啓吾からすれば覚悟を侮辱されていると思うかもしれない。  だから、決して言葉にはしない。が、きっと母さんと琴華さんも、啓吾のそういう繊細さ感じているのだろう。  因みに、今日は千鶴さんも不参加だ。八千代が千鶴さんだけ招待しなかったらしく、建前上は病欠扱いになっていた。  今朝、珈琲を啜りながら真顔で呟いた八千代の『アイツァ不知の病に罹ってっから一生呼ばねぇ』で、啓吾とりっくんが『ざまぁ〜』と爆笑していた。あの一件を根に持っているのだろう。  挙げ句の果てには、桜華さんの仕打ちだ。家の地下に鎖で繋ぎ、杉村さんを監視に置いてきたと言っていた。  いくらなんでも、扱いが酷すぎやしないだろうか。けれど、八千代は“グッジョブ”とでも言いたげに、親指を立てて讃えていた。  会はお昼前から始まったのだが、早々にそれぞれの家族の紹介を済ませ、あとは各々で交流している。初めこそ緊張感が漂っていたものの、バーベキューを始めたらまぁ和気藹々としたものだ。  美味しい物を食べると、人間って温和になれるんだろうな。なにせ、凜人さんが準備を手伝ってくれたのだから、箸休めまで絶品揃いなのだ。  けれど、調子に乗って食べすぎるのは危険なのである。  何を隠そう昨日、八千代の誕生日ではっちゃけていた僕たちは、ほぼ徹夜でこの大切な日を迎えているのだ。日付が変わる前には寝ようねって言ったのに、僕の手作りケーキで興奮した八千代が朝まで離してくれなかった。  そんなこんなで、お腹いっぱいになったら寝てしまいそうな僕。皆、顔合わせなんてどうでも良さげに、僕が寝てしまわないよう構ってくる。まぁ、実際皆が気にしてるのは、僕の両親からの印象だけなのだろうけど。  僕は、皆の家族にカッコ悪い所を見られないように必死なんだぞ。 「桃ちゃん、寒くない? ちょっと重いけど、すげぇ(あった)かい上着あるよ」  「大丈夫よ、ありがとう。うふふ、寒空の下でするバーベキューも、なかなか乙なものね」  啓吾が母さんを気遣ってくれて、母さんはのほほんとそれに返す。 「でしょ? でも風邪ひかないように、あったかいの飲んでね」  そう言って、啓吾は母さんにスープを手渡した。 「啓吾くんは気配り上手だね。結人にも見習ってほしいよ。あの子はどうにも甘え癖があるからね」  父さんが、スープを受け取りながらしみじみと言う。否定できないから、僕は黙るしかなかった。 「んな事ないっすよ。結人はいつも自分より俺らの事ばっか考えてて、すーっげぇ頑張ってくれてます。不器用だからめっちゃカラ回ってるけど。そこも可愛いっす」 「もう、啓吾! 恥ずかしいから言わないでよぉ!」 「あっはは、ごめんごめん。だって、結人が頑張ってる事ちゃんと知ってほしくてさ」 「ならカラ回ってる事まで言わなくていいでしょ! もう、結局役に立ってないのバレちゃうじゃない····」 「役に立ってないと思ってんの? そんなわけないでしょ」  りっくんが、背後から来て言った。ちょっと怒っているみたいだ。 「ゆいぴは存在してるだけで癒してくれてるんだからね」  本物のおバカだ。親の前で言う事じゃない。けど、今更すぎて誰も突っ込まないんだよね。ただ、僕の顔が熱くなるだけだ。  大人は皆、お酒が回って浮かれ気分。かと思いきや、僕の親は、朔と八千代のご両親に凄くヘコヘコ挨拶していた。家の事や家具の事、父さんのヘッドハンティングの事、もちろん僕たちの事も。何においても頭が上がらないのだろう。  八千代のご両親は、色々な事情を踏まえて、これまたヘコヘコしていた。だけど、話しているうちに打ち解けたようで、今度親だけで食事をしようなんて話も聞こえた。  りっくんのご両親は相変わらずで、母さんは久しぶりに会うおじさんに圧倒されていた。りっくんとおばさんが、おじさんをコテンパンに言い負かして黙らせてしまったのは、少し気の毒に思えた。  それぞれの親のやり取りを見ているのは、ハラハラするけど面白くもある。なにより皆、仲良くしてくれて一安心だ。  ベンチに座りホッとひと息つく。寝ちゃうからダメってってるのに、八千代がどんどんお肉を盛ってきて、否応なしにあーんされている。と、桜華さんが隣に座った。 「ホント仲良しねぇ。寂しいからアタシもまぜてね」  宣言通りに持ってきてくれた、大量の贈り物についての説明をダダッと走り抜け、シャンパンを一気に飲み干す桜華さん。随分ご機嫌らしい。 「この間は嫌な思いさせちゃったわよね。ごめんなさいね。八千代には内々に処理しろって言ってたんだけど、ぜーんぜん話聞かなくってぇ」 「脱線ばっかして話長ぇから聞くんだりぃんだよ」 「またそんなこと言って。その所為で結人くんにあんな思いさせたのよ? 反省なさい」 「····しとるわ」 「あはは。八千代は誠実なんで大丈夫です」 「誠実····ねぇ。まぁ、八千代は一途だけが強みだものね」 「ンだとこら──ってぇ」  桜華さんの長く煌びやかな爪が、八千代の額に刺さった。僕を挟んで喧嘩するの、やめてほしいんだけどな。 「ま、揉めてないんならいいわ。それより、あんな状況だったからゆっくりお話できなくて残念だったのよね。でぇ··♡ 新居はどう? もう慣れたかしら。何か嬉しい事とかあった? お姉さんにお話聞かせて♡」 「あっ、はい! えっと、生活自体は慣れました。嬉しい事····、あっ! 八千代の匂いが──」  嬉しい事と言えば、八千代の髪の匂いが付き合い始めた頃に戻ったのだ。僕が八千代の家でお風呂に入るようになってから、バレないようにとシャンプーを僕の家と同じ物に合わせてくれていた。  啓吾は自分のお気に入りを使っていたので変わらなかったが、八千代は拘りがないからと僕と同じのを使っていたのだ。それが、やはり匂いが好きだからと引越しを機に戻した。  ふわっと香る海藻っぽい匂いが、付き合い始めた頃を思い出させて懐かしくなったのだ。 「やぁ〜ん♡ 惚気られちゃった〜」 「バカ正直に答えんでいいわ。つかお前それ、親居んのに言っていいんか」  呆れて言う八千代。ハッとして周囲を確認する。幸い、僕の親は八千代のご両親と話していて、こちらの話は聞こえていないようだ。 (危なかったぁ。流石に親に聞かれるのはちょっと恥ずかしいもんね。気をつけなきゃ····) 「なぁに〜? 楽しそうじゃないの〜」  酔った(みつる)さんが、朔を引っ張ってやって来た。 (お姉さんって、強いんだなぁ····)  僕は、桜華さんと満さんに絡まれ、近況報告という名の惚気を聞いてもらう。朔と八千代は、赤く染めた顔を逸らしたまま、最後まで無言を通していた。  そして、満さんが朔の演奏を聴きたいとゴネだしたので、急遽演奏会が開かれることになった。  部屋に行くと、桜華さんがお土産の中からあるものを引っ張り出してきた。年季の入ったサックスだ。一緒に演奏してくれるのかな。  と、思ったら八千代の物だった。 「チッ······ぁんで持ってきてんだよ」 「忘れてたみたいだから持ってきてあげたんでしょうが」 「置いてきたんだわ····あー··くそ、見てみろ。目ぇキラッキラしてんじゃねぇかよ」  僕を見て、うんざりした顔で天井を仰ぐ八千代。だって、仕方ないじゃないか。桜華さんに『ありがとう』と叫んで飛びつきたいくらいだ。  サックスを吹けるなんて、聞いたこともなかった。八千代が楽器を持つ所すら始めて見たんだ。ワクワクしないわけがない。 「楽器できるの凄いね! なんで教えてくれなかったの?」 「聴かせるほどもんじゃねぇからな」 「むぅ····聴きたい」 「はぁぁぁ······。ほらな、こうなんだよ。だから置いてきたっつぅのに、余計な事しやがって」  桜華さんは全て分かった上で、僕の為に持ってきてくれたらしい。カッコイイ笑顔で親指を立てる桜華さんに、僕は満面の笑みで親指を立てて返した。  特大の溜め息を放ち、諦めた八千代はサックスを奪い取って朔の元へ向かう。

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