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撃ち抜くのは景品だけにしてよね

 ラーメン屋さんを出て、2軒目の遊技場に向かう道中。手を繋いで歩いていた啓吾に、心の内を漏らしてみた。 「あのね、さっきね、窪くん達がいるから皆がいつもほどは注目されなかったでしょ? 分散されてたっていうかさ····。だからね、いつもはモヤモヤしちゃうんだけどね、今日は落ち着いて写真撮れたの。おかげでね、ブレブレじゃないのが撮れたんだよ」  と、僕が嬉々として言うと、何故だか躍起になって目立とうとする旦那様方。僕の話、聞こえてなかったのかな。  2軒目は回転射的だった。景品台がクルクル回っていて、さっきよりも狙うのが難しそうだ。 「僕、こんなの当てらんないよ····」  ジッとしている景品ですら、1人では当てられないのに。僕が落胆していると、りっくんが後ろからそっと寄り添ってきて肩を抱いた。 「大丈夫。俺が絶対当てさせてあげるから」  耳元でそんな甘いセリフを吐かれて、もう集中などできるわけがない。  例の如く、僕を抱き締めるように構えてくれる。案の定、ドキドキしてプルプルする手では的に命中しなかった。  けれど、掠りはしたんだ。本当に、かろうじてだけど。 「あーっ、惜っしい!」  窪くんが、自分の事のように悔しがってくれる。しかし、悪いのだけれど僕はそれどころじゃない。  りっくんが、耳元で『ドキドキさせちゃった? ごめんね』なんて、意地悪を囁くんだもの。耳が熱くて仕方ない。 「莉久には任してらんねぇな。俺が一緒に狙ってやる。どれが欲しいんだ?」  と、朔がりっくんを押し退け僕を包み込んだ。 「ラ、ラムネ····」 「小せぇな。よく狙えよ」 「ひゃぃ····」  返事はしたものの、狙う気なんて更々なかった。だって、周囲から見られている恥ずかしさと、至近距離での甘々に高鳴る鼓動で、もう目も開けていられないんだもの。 「さっく〜ん、結人目ぇ開いてない」 「は? なぁ結人、目瞑ってどうやって狙うんだ。可愛くて大きい目、しっかり開けてろよ」 「ば、ばかぁ····。こんなの、ドキドキして目なんか開けてらんないよぉ」 「はぁ··、可愛いな。それじゃ、俺が狙いつけてやるから、合図したら引き金引けよ。それくらいはできるよな?」 「で、できる····たぶん」  言われるがまま、朔が代わりに照準を合わせてくれるのを待つ。そして、その時がきた。 「撃て」 「ひゃぁっ♡」  とても甘い声で、優しいのに力強い合図をくれた。お尻がキュンとして、これは大変だ。  て言うか、お尻にずっと当たってるんだよね。勃ってないのに大きくて肉厚なアレが。  そっちに集中していたものだから、耳に注ぎ込まれた声で軽くイッてしまった。 「結人、当たったぞ」 「ふぇ··? ずっと当たってるよ?」 「ん? なんの話だ? ほら、ラムネ落ちたぞ」 「へ? ラムネ····あっ、ホントだ! 朔すごーい!」  撃ったのは僕だから、凄いのは僕だと言って頭を撫でてくれた。僕は目を瞑っていたのに、そんなわけないじゃないか。凄いのは朔だ。  と、そんな一部始終を見て、黙っている八千代ではなかった。 「おし、次は俺が狙いつけてやっから、目ぇ瞑ってていいぞ」 「むぅ····それはなんかヤだ。ちゃんと目開けてるもん」 「へぇ····。んじゃ、しっかり狙えよ」  そう言って、八千代がゆっくり僕を抱え込む。抱き締めるように、少し後ろへ引っ張られた。 「背筋伸ばして、しっかり照準会わせろ」  なんだ、意外とちゃんと教えてくれるんだ。てっきり、意地悪をしに来たのかと思っていた。僕は罪悪感に苛まれ、心の中で『ごめんね』と呟く。 「もっと力抜いて構えろ」  そう言って、上半身を起こしたついでに、お尻の少し上へグッと存在感を示してくる。  これは流石の僕でも分かった。ワザとおちんちんを押し当ててきている。天然の朔とは違い、タチが悪い。 「ン··八千代、ねぇ、当たってる····」 「ふっ··当ててんだよ。俺もイイ合図してやっから、()()()()待ってろ」  本当に意地悪だ。けど、ダメって言えない僕もいけないんだよね。  八千代の意地悪に屈するようで悔しいが、やはりドキドキして上手く狙えない。変に力が入って震えてしまう。  それどころか、目を開けていると涙目になってきた。視界が滲んで、狙うどころの話じゃないや。 「俺が見てやっから信じて撃て。お前は菓子撃ち落とせよ。俺はお前の心臓撃ち抜いてやっから」 「ふぅっ、へぁ··」  耳が溶けるかと思った。ドロッと蜂蜜を流し込まれた様な甘ったるさ。僕をトロけさせにきた八千代は甘々で、こんなセリフも平気で吐く。  それに、いつだって僕にだけ聞かせるよう、ゆっくり静かに囁くんだ。今日はいつにも増して手に負えない。  僕は小さな声で、慌てて八千代に伝える。 「八千代(やちぉ)、ちょっとイッちゃった····」 「早ぇな。どっちで?」 「お、お(ちり)」 「上等。んじゃ、今度はちゃんとイケよ」 「ふぇっ、待っ──」 「撃て。で、イケ」 「ひゃぁぁ♡」  耳とお尻でイッて、僕は腰が抜けてしまった。八千代に支えられて崩れ落ちはしなかったが、周りからは何事かと注目を浴びた。  まったく、なんて事をシてくれるんだ。結局、僕のチョロさは踏ん張ったところで変わらないのがよく分かった。  それにしたって、1日に何回腰を抜かされるのだろう。立っていられないから、近くにあった椅子に座らせてもらった。  八千代から撃ち落としたチョコを受け取り、パニクっている僕はそれを抱き締める。  僕たちを見ていた窪くんが、啓吾の片袖をチョイチョイと引いて尋ねる。 「ねぇ啓吾くん、あの2人何シてんの?」 「あ〜、イチャついてんじゃね? アホだから放っといたげて。つぅか窪くんのそれ何?」 「へっへ〜。旺ちんが取ってくれた線香花火の詰め合わせ」 「うへぇ、すっげぇ量····。何本あんの?」 「500本。裏にあった公園でやる?」 「やるやる!」 「公園って花火禁止じゃないのか?」 「うわー、旺ちん空気読んで〜。まぁでもそっか····、んじゃ禁止じゃなかったらやる!」 「それじゃ、とにかく見に行ってみるか。おい場野、行くぞ。結人大丈夫か?」 「んぁ? あぁ、先行ってろ。ちょい休ませてから連れてくわ」  僕は八千代に寄りかかったまま、座るのも1人では上手くできないでいた。そんな僕たちに構わず、皆がぞろぞろと店を出ていく。  僕は、八千代がくれた温かいお茶を飲み、ほんの少しだけ休む。  少し落ち着いたら歩けるようになったので、八千代に手を引かれて皆を追い掛ける。 「線香花火かぁ····。なんか懐かしいね」 「だな。また願掛けすんのか?」 「もうしないよ。これ以上、願う事なんかないもん。僕のお願い、ぜーんぶ叶っちゃった」  そう、皆が叶えてくれたのだ。これ以上望んだら、バチが当たりそうで怖い。 「バーカ。ンなもんで満足してんじゃねぇぞ。これから一生かけて幸せにしてやんだからな。もっと欲張れ」 「それいつも言うけどさ、これ以上なんて····あっ、皆の健康だ! 皆の腰が壊れませんようにってお願いしよ」 「アホか。んなヤワじゃねぇわ。もっとマシなん願えよ」 「だって、皆ずーっと腰振ってるんだもん。心配になるよ」 「おー、そんじゃ俺はお前のケツが壊れねぇように願っといたるわ」 「なっ、もう、八千代のばかぁ!」  なんてバカな話をして、僕たちはケラケラ笑いながら公園を目指した。これ以上望む必要なんてないくらい、この瞬間が幸せなんだよね。  公園に着くと、皆は先に花火を始めていた。どうやら、禁止ではなかったらしい。  それほど広くない公園の隅っこで、男7人が輪になってしゃがみ込み、黙って線香花火の灯りに照らされている。知らずに見かけたら、小さな悲鳴を漏らしてしまいそうな光景だ。 「なんか··、異様な光景だね。ちょっと不気味だよ····」 「だな。アレに入んのキチィな」  僕たちは、思わず公園の入り口で立ち止まった。

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