315 / 353

友達の幸せ

 啓吾と僕が引き止めると、荷物をドンとテーブルに置いた冬真。一体、何が始まるのだろう。 「来る時から思ってたんだけど、何それ」  中身は、猪瀬くんも知らないらしい。冬真はジィィィッと滑らかにファスナーを開け、意気揚々と中身を披露する。  そこには、着替えセットや歯ブラシ、どう見てもな物が詰め込まれていた。    「ゆっくりするつもりって言っただろ? ほら、お泊まりセット♡ 駿の分も持ってきてるから安心して」 「俺の分····え、図々しいにも程があるでしょ」 「だーってぇ! 久しぶりだしぃ、念の為って思ってさ〜」  準備がいいなぁ、なんて感心してワクワクしたのは僕だけだったらしい。 「マジで泊まんの?」  啓吾がゲンナリした表情(かお)で聞く。続けてりっくんも。 「せめて泊まっていいかの確認からしろよ。猪瀬も困ってんじゃん」 「ね、ねぇ、泊まっちゃダメなの? 客室は? あそこ使ってもらっちゃダメなの?」 「そんな泊まらせたいんかよ。聞かれて恥ずかしいっつぅんお前だろうが」  当たり前のように、友達が泊まっていてもする気なんだ。普通はシないと思うんだけど、それこそ今更だしお互い様か。 「そ、それは····。あ、それじゃ朝までゲームとかお喋りしようよ! 1日くらいえっちしなくても死なないでしょ?」 「死なねぇけど抱きてぇ」  即答する朔。その雄々しさに、まだ余韻の残るお尻が疼く。 「お前はさっき抱いただろうが」  的確なツッコミを受ける朔。苛立つ八千代に、うっすら笑って『あんなので足りるか』と言った。  本気なのか冗談なのか、確かめるのが怖いからスルーしておくけれど、兎に角お泊まりは確定だろう。あとは、えっちじゃなくて喋ったり遊んだりする方向にもっていきたい。  とりあえず家から出よう。そう思い至って、僕と猪瀬くんでコソッと協議した結果、ダブルデートを提案してみる事にした。  とは言っても、どこに行こうか····。 「はいはーい! 俺、遊園地いきたーい」  冬真が元気に提案してくれた。けれど、この寒いのに遊園地だなんて、正直乗り気ではない。特に、八千代とりっくんの事を考えると室内が妥当だ。 「バカじゃないの? このクソ寒いのに遊園地なんか行きたくないよ」  やはり。りっくんが即答する。 「俺さ、実は昨日誕生日だったんだよね。んで、俺が我儘言って駿と1日ホテルでヤッててさ、どこも行ってねぇの。けどさ、ちゃんとしたデートもしたいんだよね」  冬真がちゃんとしたデートをしたいだなんて、とんでもない進歩じゃないか。いや、それよりもだ。とんでもない情報が飛び込んできたのだが。 「昨日誕生日だったの!? もっと早く言ってよ! お祝いしなきゃだね!」  僕は、寒がりのりっくんと八千代を説得し、祝えなかった冬真の誕生日を祝う事にした。  という事でやって来た遊園地。  思ってた以上に寒い。けど、冬真は猪瀬くんを巻き込んでハイテンションのままジェットコースターへ向かう。  僕と朔は、下からそれを見守る。つもりだったのだが、今回は怖いもの知らずな冬真が居るのだ。断るとかそれ以前の問題で、僕たちの話を全く聞かない。  いや、聞こえないフリをして強引に引っ張られ、朔まで乗るハメになった。とても不機嫌な朔。と言うより、ビビってるのかな。  僕が朔の隣という条件で乗り込んだのだが、朔に手を握られ僕の拳が潰れそうだ。  先頭に座った冬真と猪瀬くん。冬真は振り向き、僕たちを見て笑う。 「あっはは! ビビりすぎじゃね? 大丈夫だってぇ。落ちる時叫ぼうな!」 「落ちるとか言ってんじゃねぇ! 死ぬだろ」  ダメだ。朔がいつもの朔じゃない。しかし、乗り込んでしまったからには動き出す。  発進してすぐに、カッゴッガッガッと、高い音が耳を劈く。有り得ない傾斜で最高到達点を目指している。もう降りたい。僕の拳が握り潰されないうちに。  カタンッと一瞬の水平を取り戻した次の瞬間、朔が手を恋人繋ぎに握り直した。  そして、轟音を響かせ急降下してゆく。僕と朔は声も出ない。前列では、冬真が楽しそうに両手を上げ『うぇ〜〜〜い』と叫んでいた。 「朔、大丈夫?」 「本気で神谷に殺意が芽生えた」  ジェットコースターを降り、ベンチに座って項垂れる朔。 「え、殺さないで? 超楽しかったじゃん。よし、じゃぁ次フリーホールな!」  朔が俯いたまま眉をひそめた。これ以上は流石にマズい。そう直感した僕は、慌てて冬真を止める。 「待って冬真、僕もちょっと気分悪いから朔と一緒に待ってるよ」 「マジで? 大丈夫?」  真に受けて心配してくれる冬真。察した猪瀬くんが、無邪気な冬真を諌めてくれる。 「嫌がってんのに無理矢理ジェットコースターに乗せるからだろ。次は俺らだけで行こ。啓吾連れてけばいいじゃん」 「俺で手ぇ打っとけみたいな言われ方、気に食わないんですけど〜」  啓吾が唇を尖らせて言う。それも含め、3人の仲の良さが伝わる。見ているとほっこりするんだよね。  なんだかんだ言いながら、フリーホールへ向かう3人。残る僕たちは、それが見えるベンチで暖かい飲み物を飲んで待つ。  ゆっくりと上昇していく3人を見守る。啓吾が、ずっと手を振ってくれているから目が離せない。  てっぺんで少しの間止まる。僕なら気絶してるだろう。啓吾がスマホを持っているように見える。もし見間違いじゃないのなら、落とさなければいいのだけど。  と思った瞬間、落下が始まる。啓吾と冬真の嬉々とした絶叫が近づいてくる。けど、それはほんの一瞬の事で、瞬きしている()に啓吾たちは出発地点まで降りていた。まるで瞬間移動だ。  朔と僕は、呆然とそれを見ていた。見ている僕たちのほうがヒュンとしたよ。 「あんなの乗って何が楽しいんだ? イカれてるだろ」 「ね。アレはどう頑張っても無理だよ」 「そうか? お前が乗んねぇから残ったけどよ、アレも気持ちイイぞ」  あの落下を気持ちが良いと言う八千代。どう頑張っても理解できないや。聞けば、りっくんも平気らしい。  朔なんて、八千代の発言に結構本気でイラついている。隣に座って肩を寄せると落ち着いたけれど、機嫌の悪い朔はちょっと怖いや。 「ねぇ朔、僕と一緒にあれ乗る?」 「結人と一緒だったら何でもいい··けど、俺は馬車に乗るからな」  僕の指差す先を視線でなぞり、言葉の勢いを弱めた。そして、先手を打たれる。けれど、僕はめげない。 「えー····王子様見たいな」 「··っ、しょうがねぇな····」 「やったぁ〜♡ 白馬に乗った朔、本当に王子様みたいだもんね」  僕が喜ぶと、八千代がコーヒーの缶を少し離れたゴミ箱に投げ捨てた。バスケの選手にでもなるつもりだろうか。  もしかして、ヤキモチを妬いているのかな。 「八千代も乗る?」 「アホか、乗らねぇわ」 「そっか。八千代の王子様も見たかったなぁ。カッコイイんだろうな····。写真、撮りたかったなぁ····」 「····はぁ、お前ンっと(ずり)ィわ··」  八千代は僕の前に立ち、顎を人差し指に乗せて持ち上げる。顔に“しょうがねぇな”って書いてあるんだよね。 「んへへ♡ どうせなら、皆に乗ってもらおうかな。揃って王子様なところ撮りたい」  僕が我儘を言うと、八千代の後ろから底抜けに明るい声が聞こえた。 「俺も王子やる〜」  冬真だ。手をピンと挙げながら立候補してきた。本当におバカなんだから。 「冬真は猪瀬くんの王子でしょ」 「じゃ、俺も王子様撮ろっかな」  少しツンとした猪瀬くんが、冬真の腕をガシッと組んだ。冬真は、当たり前だろと言わんばかりに猪瀬くんを引き寄せる。 「姫は馬車へどうぞ」  そう言って、冬真はスタスタとメリーゴーランドへ向かう。僕は、朔に腰を抱かれ馬車までエスコートされた。本当に王子様みたいで、僕たちは注目の的となった。  僕と猪瀬くんは、同じカボチャの馬車乗せられた。その後ろへ続く白馬に皆が跨る。やっぱり、凄く絵になるなぁ。  周囲の歓声は気にしないようにして、僕と猪瀬くんはカメラを向ける。そして、重大なミスに気づいた。 「待って、ここじゃ上手く撮れない····」  僕が絶望感満載で言うと、猪瀬くんが名案を出してくれた。 「今は前から撮ってさ、次俺らだけ降りてもっかい乗せればいいんじゃない? そしたら色んな角度から撮れるし」 「そっか、猪瀬くん天才だね!」  僕と猪瀬くんは、メリーゴーランドが動き出すと皆を撮りまくった。本物の王子様みたいな皆に、終始惚れ惚れしながら。  そして、撮りながらしみじみと本音を漏らす。 「僕さ、猪瀬くんが冬真と上手くいって本当に嬉しいんだ」 「急にどうしたの?」 「今日、猪瀬くんたち見てて思ったの。会う度にどんどん仲良くなってるでしょ? 友達が幸せそうにしてるのって、嬉しいよね」 「····武居はホントに良い子だね。俺なんか、未だに武居に妬いたりするのに。まぁ、冬真がバカだからなんだけど。まんまと乗せられる俺もバカなんだよなぁ」 「それだけさ、冬真の事が好きなんだよね」 「······まぁね」  猪瀬くんは照れて顔を赤くする。言葉にされると恥ずかしいのはよく分かる。僕も、それでよく意地悪されるもの。  僕は、心の中で『意地悪言ってごめんね』と呟きながら、馬車の小窓から王子たちを撮り続けた。

ともだちにシェアしよう!