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友達の幸せ
啓吾と僕が引き止めると、荷物をドンとテーブルに置いた冬真。一体、何が始まるのだろう。
「来る時から思ってたんだけど、何それ」
中身は、猪瀬くんも知らないらしい。冬真はジィィィッと滑らかにファスナーを開け、意気揚々と中身を披露する。
そこには、着替えセットや歯ブラシ、どう見てもな物が詰め込まれていた。
「ゆっくりするつもりって言っただろ? ほら、お泊まりセット♡ 駿の分も持ってきてるから安心して」
「俺の分····え、図々しいにも程があるでしょ」
「だーってぇ! 久しぶりだしぃ、念の為って思ってさ〜」
準備がいいなぁ、なんて感心してワクワクしたのは僕だけだったらしい。
「マジで泊まんの?」
啓吾がゲンナリした表情 で聞く。続けてりっくんも。
「せめて泊まっていいかの確認からしろよ。猪瀬も困ってんじゃん」
「ね、ねぇ、泊まっちゃダメなの? 客室は? あそこ使ってもらっちゃダメなの?」
「そんな泊まらせたいんかよ。聞かれて恥ずかしいっつぅんお前だろうが」
当たり前のように、友達が泊まっていてもする気なんだ。普通はシないと思うんだけど、それこそ今更だしお互い様か。
「そ、それは····。あ、それじゃ朝までゲームとかお喋りしようよ! 1日くらいえっちしなくても死なないでしょ?」
「死なねぇけど抱きてぇ」
即答する朔。その雄々しさに、まだ余韻の残るお尻が疼く。
「お前はさっき抱いただろうが」
的確なツッコミを受ける朔。苛立つ八千代に、うっすら笑って『あんなので足りるか』と言った。
本気なのか冗談なのか、確かめるのが怖いからスルーしておくけれど、兎に角お泊まりは確定だろう。あとは、えっちじゃなくて喋ったり遊んだりする方向にもっていきたい。
とりあえず家から出よう。そう思い至って、僕と猪瀬くんでコソッと協議した結果、ダブルデートを提案してみる事にした。
とは言っても、どこに行こうか····。
「はいはーい! 俺、遊園地いきたーい」
冬真が元気に提案してくれた。けれど、この寒いのに遊園地だなんて、正直乗り気ではない。特に、八千代とりっくんの事を考えると室内が妥当だ。
「バカじゃないの? このクソ寒いのに遊園地なんか行きたくないよ」
やはり。りっくんが即答する。
「俺さ、実は昨日誕生日だったんだよね。んで、俺が我儘言って駿と1日ホテルでヤッててさ、どこも行ってねぇの。けどさ、ちゃんとしたデートもしたいんだよね」
冬真がちゃんとしたデートをしたいだなんて、とんでもない進歩じゃないか。いや、それよりもだ。とんでもない情報が飛び込んできたのだが。
「昨日誕生日だったの!? もっと早く言ってよ! お祝いしなきゃだね!」
僕は、寒がりのりっくんと八千代を説得し、祝えなかった冬真の誕生日を祝う事にした。
という事でやって来た遊園地。
思ってた以上に寒い。けど、冬真は猪瀬くんを巻き込んでハイテンションのままジェットコースターへ向かう。
僕と朔は、下からそれを見守る。つもりだったのだが、今回は怖いもの知らずな冬真が居るのだ。断るとかそれ以前の問題で、僕たちの話を全く聞かない。
いや、聞こえないフリをして強引に引っ張られ、朔まで乗るハメになった。とても不機嫌な朔。と言うより、ビビってるのかな。
僕が朔の隣という条件で乗り込んだのだが、朔に手を握られ僕の拳が潰れそうだ。
先頭に座った冬真と猪瀬くん。冬真は振り向き、僕たちを見て笑う。
「あっはは! ビビりすぎじゃね? 大丈夫だってぇ。落ちる時叫ぼうな!」
「落ちるとか言ってんじゃねぇ! 死ぬだろ」
ダメだ。朔がいつもの朔じゃない。しかし、乗り込んでしまったからには動き出す。
発進してすぐに、カッゴッガッガッと、高い音が耳を劈く。有り得ない傾斜で最高到達点を目指している。もう降りたい。僕の拳が握り潰されないうちに。
カタンッと一瞬の水平を取り戻した次の瞬間、朔が手を恋人繋ぎに握り直した。
そして、轟音を響かせ急降下してゆく。僕と朔は声も出ない。前列では、冬真が楽しそうに両手を上げ『うぇ〜〜〜い』と叫んでいた。
「朔、大丈夫?」
「本気で神谷に殺意が芽生えた」
ジェットコースターを降り、ベンチに座って項垂れる朔。
「え、殺さないで? 超楽しかったじゃん。よし、じゃぁ次フリーホールな!」
朔が俯いたまま眉をひそめた。これ以上は流石にマズい。そう直感した僕は、慌てて冬真を止める。
「待って冬真、僕もちょっと気分悪いから朔と一緒に待ってるよ」
「マジで? 大丈夫?」
真に受けて心配してくれる冬真。察した猪瀬くんが、無邪気な冬真を諌めてくれる。
「嫌がってんのに無理矢理ジェットコースターに乗せるからだろ。次は俺らだけで行こ。啓吾連れてけばいいじゃん」
「俺で手ぇ打っとけみたいな言われ方、気に食わないんですけど〜」
啓吾が唇を尖らせて言う。それも含め、3人の仲の良さが伝わる。見ているとほっこりするんだよね。
なんだかんだ言いながら、フリーホールへ向かう3人。残る僕たちは、それが見えるベンチで暖かい飲み物を飲んで待つ。
ゆっくりと上昇していく3人を見守る。啓吾が、ずっと手を振ってくれているから目が離せない。
てっぺんで少しの間止まる。僕なら気絶してるだろう。啓吾がスマホを持っているように見える。もし見間違いじゃないのなら、落とさなければいいのだけど。
と思った瞬間、落下が始まる。啓吾と冬真の嬉々とした絶叫が近づいてくる。けど、それはほんの一瞬の事で、瞬きしている間 に啓吾たちは出発地点まで降りていた。まるで瞬間移動だ。
朔と僕は、呆然とそれを見ていた。見ている僕たちのほうがヒュンとしたよ。
「あんなの乗って何が楽しいんだ? イカれてるだろ」
「ね。アレはどう頑張っても無理だよ」
「そうか? お前が乗んねぇから残ったけどよ、アレも気持ちイイぞ」
あの落下を気持ちが良いと言う八千代。どう頑張っても理解できないや。聞けば、りっくんも平気らしい。
朔なんて、八千代の発言に結構本気でイラついている。隣に座って肩を寄せると落ち着いたけれど、機嫌の悪い朔はちょっと怖いや。
「ねぇ朔、僕と一緒にあれ乗る?」
「結人と一緒だったら何でもいい··けど、俺は馬車に乗るからな」
僕の指差す先を視線でなぞり、言葉の勢いを弱めた。そして、先手を打たれる。けれど、僕はめげない。
「えー····王子様見たいな」
「··っ、しょうがねぇな····」
「やったぁ〜♡ 白馬に乗った朔、本当に王子様みたいだもんね」
僕が喜ぶと、八千代がコーヒーの缶を少し離れたゴミ箱に投げ捨てた。バスケの選手にでもなるつもりだろうか。
もしかして、ヤキモチを妬いているのかな。
「八千代も乗る?」
「アホか、乗らねぇわ」
「そっか。八千代の王子様も見たかったなぁ。カッコイイんだろうな····。写真、撮りたかったなぁ····」
「····はぁ、お前ンっと狡 ィわ··」
八千代は僕の前に立ち、顎を人差し指に乗せて持ち上げる。顔に“しょうがねぇな”って書いてあるんだよね。
「んへへ♡ どうせなら、皆に乗ってもらおうかな。揃って王子様なところ撮りたい」
僕が我儘を言うと、八千代の後ろから底抜けに明るい声が聞こえた。
「俺も王子やる〜」
冬真だ。手をピンと挙げながら立候補してきた。本当におバカなんだから。
「冬真は猪瀬くんの王子でしょ」
「じゃ、俺も王子様撮ろっかな」
少しツンとした猪瀬くんが、冬真の腕をガシッと組んだ。冬真は、当たり前だろと言わんばかりに猪瀬くんを引き寄せる。
「姫は馬車へどうぞ」
そう言って、冬真はスタスタとメリーゴーランドへ向かう。僕は、朔に腰を抱かれ馬車までエスコートされた。本当に王子様みたいで、僕たちは注目の的となった。
僕と猪瀬くんは、同じカボチャの馬車乗せられた。その後ろへ続く白馬に皆が跨る。やっぱり、凄く絵になるなぁ。
周囲の歓声は気にしないようにして、僕と猪瀬くんはカメラを向ける。そして、重大なミスに気づいた。
「待って、ここじゃ上手く撮れない····」
僕が絶望感満載で言うと、猪瀬くんが名案を出してくれた。
「今は前から撮ってさ、次俺らだけ降りてもっかい乗せればいいんじゃない? そしたら色んな角度から撮れるし」
「そっか、猪瀬くん天才だね!」
僕と猪瀬くんは、メリーゴーランドが動き出すと皆を撮りまくった。本物の王子様みたいな皆に、終始惚れ惚れしながら。
そして、撮りながらしみじみと本音を漏らす。
「僕さ、猪瀬くんが冬真と上手くいって本当に嬉しいんだ」
「急にどうしたの?」
「今日、猪瀬くんたち見てて思ったの。会う度にどんどん仲良くなってるでしょ? 友達が幸せそうにしてるのって、嬉しいよね」
「····武居はホントに良い子だね。俺なんか、未だに武居に妬いたりするのに。まぁ、冬真がバカだからなんだけど。まんまと乗せられる俺もバカなんだよなぁ」
「それだけさ、冬真の事が好きなんだよね」
「······まぁね」
猪瀬くんは照れて顔を赤くする。言葉にされると恥ずかしいのはよく分かる。僕も、それでよく意地悪されるもの。
僕は、心の中で『意地悪言ってごめんね』と呟きながら、馬車の小窓から王子たちを撮り続けた。
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