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聖なる力の秘密 7

「殺し、た……」  レイヴンは僅かに目を見開き、シンの言葉を繰り返したものの、それ以上は何を言うでもなく、ただ静かに目を伏せる。 「オレが恐い?」  調子を崩さず、シンがレイヴンへと尋ねた。  レイヴンは彼に視線を合わせると、緩やかに首を振った。 「いいえ」  そして両手を前に揃えると、シンに向かって旋毛を見せた。 「ありがとうございます。質問に答えてくださって……」  正直に言えば、目の前の男が誰かを殺したという事実に、驚きはあった。決して許容できる行いでもない。だが、シンは余所者だ。どういった経緯で人を殺していたとしても、レイヴンには関係がなく、また知ったところで何もできない。  それ以前に、すでに大きな罪を犯したことのあるレイヴンに、彼を咎める権利はないのだ。  ようやく疑問が解明された。この事実に、彼は質問に答えてくれたシンへ素直に礼を言った。  そんなレイヴンを見て、シンはポカンと口を開けた後、くしゃりと破顔した。 「最高だな。レイヴンは」  そう言うと、シンはゴロンとレイヴンの方へ身体を傾ける。 「今のは質問のうちに入らなかったから、近日中にスリーサイズを測って、答える準備をしておくよ」 「? はあ……」  なぜシンはスリーサイズに拘るのだろう? いや、そもそもレイヴンにはスリーサイズというものがわからない。返事をしようにも、気の抜けた相槌しか出なかった。  対するシンは楽しいのか、笑いながら自身の口元へ人差し指を立てた。 「嘘。代わりに、レイヴンの願いを一つだけ聞くよ」 「願い?」 「そう。願い事」  唐突な発言をするシンに、レイヴンは視線を泳がせる。 「で、でも……」 「今すぐ言えって話じゃない。また何か考えておいてくれ。なければそれでいいし」  眠いのか、シンは大きな欠伸をした。またも交換条件を出されてはと、やや警戒をしたレイヴンだが、このまま入眠するならばと、シンに向かって口を開いた。 「じゃあ……一つだけ、約束してください」 「ん?」 「この村は昔から閉鎖的で……あ、村はこの山の下にあるんですけれど。その村は、あんまり外の人と関わりたくない人が多くて。だからその…………その…………シンさんの今の怪我が治ったら…………」  その願いは最後まで口にできなかった。  出ていってほしい。それだけのことが、レイヴンにはとても言い難いものだったのだ。  彼は申し訳なさそうに俯いた。刹那の後、ギシ……とベッドの軋む音が聞こえた。 「わかった」  何もかもを許すようなその優しげな声とともに、レイヴンの前髪に温かいものが乗った。 (この手は本当に、誰かを殺したのだろうか?)  レイヴンは思いながら、「ごめんなさい……」と言葉をひり出した。 「何で謝るの」  頭上でシンが可笑しそうに笑った。  本当によく笑う。不思議な男だと改めて思うのと同時に、レイヴンの胸は締め付けられるように苦しくなった。 「さて、オレはもう一度休むとするよ。少し疲れた……」 「はい。おやすみなさい」  シンの手が離れるなり、レイヴンはもう一度頭を下げ、すぐさま椅子から立ち上がろうとした。その時…… 「あ、あの……?」  一回り以上は大きいシンの手が、レイヴンを引き留めた。どうしたのかとシンを見つめると、彼もまた不思議そうにこちらを見上げた。 「触れると回復を早めるんだろう?」  その言葉にハッとした。シンがさっそくレイヴンの願いを叶えようとしていることがわかったからだ。 (無茶苦茶だけど、約束は守ってくれる人なんだな……)  すぐにレイヴンは掴まれた手とは反対の手を、シンのそれに重ねた。  よく見ると、横になるシンの呼吸が浅く乱れているのがわかる。終始、平然としていた為、彼の容態が悪化していることに気づけなかった。 (でも、どうして? 血を飲んだばかりなのに……)  別段、派手に動いたわけでも、ましてや暴れたわけでもない。それなのに、血を飲んだばかりの彼の容態が悪化する理由がわからなかった。  力の効果が弱くなっている? と自身を疑いつつも、レイヴンは握る手に力を込めた。 「……なあ、レイヴン」 「はい」 「レイヴンの身体に触れる場合、治癒能力による回復具合は接する面積に比例するのか?」  不意の質問に、レイヴンはきょとんと目を丸くさせた。  シンの質問の意図がわからず視線を宙へ上げた後、 「そう……ですね。このまま僕が両手でシンさんに触れていれば……より回復は早いと思います」  と、答えた。実際、今のように両手でシンの手を握っていれば、片手で握っているよりも回復は早くなる。 「あー……なるほど」  汗ばむ額に、シンは手の甲を翳した。さすがのシンも容態が悪くなったことで心細くなったのかと、心配したレイヴンは彼を覗き込んだ。  その次の瞬間……。 「わっ!?」  レイヴンの口から悲鳴が上がった。  突然、強い何かによって身体を引っ張られ、バランスを崩したレイヴンはベッドの上に倒れてしまったのだ。  パッと目を見開くと、シンの顔が互いの息のかかる位置にあった。 「こうすれば、より早く回復するってことか」 「し、シンさん!?」  倒れた身体に絡みつくのは、鋼のように逞しいシンの両腕。  レイヴンはシンによって抱き竦められていた。 「ああ。確かに、手を握られていた時とは違うな」  蛸の吸盤が肌に吸い付くように、密着する身体。あまりに唐突なシンの行動に、レイヴンは声を震わせる。 「あ、あのっ……あのっ、し、シンさんっ……」  戸惑いと怯えがレイヴンの身体を支配する。まるで蛇に睨まれた蛙……いや、大蛇に絡まれた蛙のように動けなかった。  それをいいことに、シンはといえば…… 「抱き心地もいいし……ついでに匂いもいいときた」 「んっ……は、離……離して……やっ……鼻、当てないでぇ……」  レイヴンにこれでもかと抱きつき、あまつさえその鼻先を彼の細い首筋へ擦り付けている。  か弱くも嫌々と声を上げるレイヴン。  それをシンは一蹴した。 「無理。こちとら怪我人……いや、死にかけだから」 「シンさっ……やぁっ……」 「あ〜、最高。このままもう一眠りするわ」 「だ、だめ……」 「おやすみ、レイヴン。永遠に目覚めなかったら、悪いな」 「えっ!?」  サラリと恐いことを言ったかと思うと、シンはレイヴンを抱きしめたまま、スヤスヤと眠りについてしまった。 「ね、寝ないでっ……! 離して〜っ……!」  レイヴンの悲痛な声だけが、小屋の中で虚しく響いた。

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