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少しだけ、穏やかな日々 2
「上手く切るもんだな」
「そう、でしょうか……?」
「いくら包丁の切れ味が良くとも、オレがやったらこうはならない」
感心した口振りは、調理が物珍しいのか見ていて飽きないらしい。シンはレイヴンの頭上に顎を軽く乗せ、彼の手元をジッと見下ろしている。
監視とは異なる真っ直ぐな視線は、レイヴンの身体から少しだけ肩の力を落とさせた。
「オレがいなけりゃ、もっと手際よくやるんだろうな」
(それ、自分で言っちゃうんだ……)
心の中で呟きながら、レイヴンは微苦笑を浮かべた。
材料を切り終えると水と共に鍋に入れ、暖炉の上でそれを煮る。工程としては非常にシンプルなものだが、鍋の中には干したキノコと塩漬けにされた魚が入っている。ぎゅっと閉じ込められた旨味が汁へと溶け出す、栄養価も抜群の名もなき料理だ。
だが、注意を払う点が一つある。火力だ。弱すぎては中の具材が煮えず、また強すぎては鍋の底を焦がしてしまう。今日は米も入れた為、普段よりも底が焦げつきやすい。レイヴンはクルクルと鍋の中を匙でかき混ぜながら、均等に火を通していった。
「いい匂いだな」
「具材がたくさん入っているから……ですね」
「なるほど。そういうもんか」
匙を回すレイヴンの手の上に、不意にシンが自身のそれを重ねた。突然のことに、レイヴンはビクリと肩を竦めた。
「えっ、と……」
「楽しいもんだな。こういうのも」
はっきりと歳を聞いたことはないものの、近しい年頃でかつ同性のレイヴンより一回り以上も大きなその手からは、まるでままごとを楽しむ子供のように、静かにはしゃいでいるのが伝わった。
相も変わらず、動きにくいことに変わりはない。しかしながら、これが不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
顔を合わせないせいもあり、レイヴンの口は軽やかに背後の彼へと問いかけた。
「シンさんは……お料理が初めて、ですか?」
「そうだな。少なくとも、こうして手間暇をかけて何かを作ることをしたことがない」
「具材を切ってお鍋に入れただけですから、あんまり手間をかけられませんでしたけど……」
「それでも料理だろ? 鍋で煮ることはおろか、包丁で具材を切ることすらもオレはやらないんだ。そういや、ここに醤油はあるのか?」
「えーと……お醤油はないですね」
「ないか。じゃあ、魚醤」
「それもない……ですね」
「味噌は?」
「ごめんなさい」
「そうか。残念」
「あ、でも……お塩で味がつくので、これも美味しいですよ」
「そうだな」
レイヴンが断言すると、シンは頷きつつ腰から手を離し、レイヴンの髪を後ろに流して顕になる首筋へと唇を寄せた。
「……んっ」
軽く啄むように首筋の皮膚に触れるそれに、レイヴンはきゅっと瞼を閉じつつ僅かに声を漏らした。彼の鼓動が一段と高く鳴る。
スッと吸い込む息は短くなり、代わりに吐き出す息は整えるように長くなった。
ただ首に触れられただけ。それだけの行為に、レイヴンの身体の中心が溶けるように熱を帯びた。
(なん、で……?)
回復の為に触れるだけならば、わざわざ首筋に唇を当てがう必要などない。こうして料理をする手を握るだけでも、効果はあるはずだ。なのにどうして、なおもこの身体に触れたがるのか。
レイヴンにはシンの、この行動の意味がわからなかった。
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