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思い描いていたモノ
頭を上げた祐羽は、鞄のところまで行くと九条を振り返った。
もう一度挨拶をして帰ろうと思ったのだが、音もなく直ぐ側に九条が来ていて、心底驚いた。
「く、九条さん…。ビックリした…」
「…」
「…な、何ですか?」
「…」
無表情で祐羽を見下ろしていたかと思うと、スマホを取り出して何処かへとかけ始めた。
九条の視線が逸れたことにホッとした祐羽は、電話が終わったら挨拶をして家に帰ろうと、そのままの状態で待った。
さすがにこの隙に勝手に帰る勇気はない。
ふと顔を向けた先は開放感のある大きな窓。
あの日初めて連れて来られた夜の夜景を見た事を思い出して、祐羽の心臓が複雑に鳴り始めた。
あの夜は訳のわからないうちに体を無理矢理繋げられてしまった。
あまりの衝撃に、なかなか立ち直れなかった。
そんな嫌な思い出しかないこの場所へもう二度と訪れる事は無いと思っていた。
なのに、こうしてやって来て、一緒にテレビを観てご飯を食べて。
隣には何を考えて自分を呼んだのか分からない男がいる。
今日は比較的優しかったものの本質ではヤクザそのものだ。
その恐ろしい男は、ただの面白味もない高校生の自分と何故か会おうと言ってきた。
どうしてかと問いたい気持ちもあるけれど、きっと気紛れに違いない。
理由なんて深くはないだろう。
そしてこんな事は直ぐに飽きるに決まっている。
九条は忙しい男だし、こんなにも見映えがいいのだ。
引く手数多、誰もが放っておかないだろうから綺麗な女性が喜んで側へやって来るはずだ。
それを考えると自分は偶然出会って物珍しいというだけの人間に違いない。
「…なんで僕だったんだろ」
祐羽はポソリと溢した。
そんな理由で体を奪われたのかと思うと、また感情が昂って涙が出そうになる。
それをぐっと堪える。
こんな所で泣くなんて出来ない。
初めての相手は好きになった女の子で、告白してデートをして、それからプロポーズをして。
本当に大好きになり結婚した相手と初めての夜だと、祐羽は思い描いていた。
奥手の祐羽だが、具体的には分かっていなくともさすがにエッチな事をして子どもが出来る事くらいは知っていた。
それがまさか、大人の男相手に自分が女の子みたいに受け入れる立場になるとは…。
改めて事実を受け止めた祐羽は、気持ちが落ちていくのを感じた。
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