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第176話 視線を感じながら
祐羽はそれに気づいて顔を上げ視線を交わす。
黙ったままの九条は祐羽が玄関まで来たのを確認すると、玄関の鍵を開けた。
すると、開いたドアの向こうに昼過ぎに別れた中瀬が姿勢を正して立っていた。
その表情には緊張が浮かんで見える。
「ご苦労だったな中瀬」
「いえ、そんなことはありません!」
九条の労いのことばに中瀬は慌てて首を振ると、どこか嬉しそうに表情を明るくした。
靴を履いて立ち上がった祐羽はその様子を中瀬は九条の事を尊敬しているんだなぁと、感心して見ていた。
すると再び九条がこちらを向いて、視線だけで側まで来るよう促してくる。
九条の凄いところは、こういうところだ。
支配者然としたオーラがある。
自分の意思に他人が従うのは当然だと思っているに違いない。
生まれながらかどうかは分からないが、有無を言わせない力強さがあり、人を従わせる事に長けていた。
言わんとする事が分かるほど、目で伝えてくる。
こんな人間に今まで出会った事のない祐羽だが、確実に分かるのは自分が支配される立場の人間という事だ。
この絶対的支配者に逆らう心の強さを今は持っていない。
祐羽は玄関口まで大人しくトコトコ歩いて近づいた。
沈黙の中、目の前に立つ中瀬と顔を合わせた。
「家までお送りします」
「お、お願いしますっ」
その言葉に早く帰りたくて、そそくさと一歩を踏み出す。
中瀬と一緒の方が、よほど心に優しい。
「おい」
ちょっとホッと息を吐くと、それを見透かしたかの様に声を掛けられる。
あからさまにビクッと肩を揺らして振り返ると、玄関ドアに軽く寄り掛かる九条の鋭い視線に捕らわれた。
「失礼します」
中瀬が丁寧に頭を下げる。
それには関知せず、九条の視線は自分に注がれたままだ。
「またな」
または無い。
帰ったら親にこの事を相談して、解決させる。
だから、今度こそ本当にサヨナラだ。
いつもと違う緊張に頬が強張る。
祐羽は頭を軽く下げると、挨拶を終えた中瀬に着いて歩き出した。
背中に視線を感じながら…。
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