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暴力
祐羽が耳を押えて、涙を限界で堪えて丸まって暫くすると、ドカッと急に低く鈍い音がした。
それは両耳を押さえていても、何も考えまいとしていた祐羽にも聞こえる程のものだった。
「い…っ⁉」
そのうち祐羽の体の上に巨体が容赦なく落ちてきて、その余りの重さと衝撃に思わず口から声が漏れていた。
目立たない様にと出来るだけ静かに存在を消していた祐羽だったが、我慢など到底できるはずもない。
竹中と祐羽では、縦もだが横幅が圧倒的に違う。
中年太りした体で倒れ込まれた祐羽は、息苦しさに声も出ない。
けれど、なんとか動かした視線の先の竹中を見て絶句する。
溢れかけていた涙も引っ込んでしまう。
「……っ‼」
先程まで自分に乗り掛かって性的に詐取しようと、気持ちの悪い顔を浮かべた余裕の顔の竹中はいなかった。
顔が原型を留めていなかったのだ。
唇が切れたのか血が口の端から垂れ、目は腫れ上がり、頬も赤黒く変色している。
祐羽の顔面は蒼白で、一気に恐怖が湧いてくる。
全身をカタカタと震わせて、上に竹中が倒れているのも忘れるほどだった。
できれば、このまま竹中の陰に隠れて嵐が過ぎ去るのを待っていたい。
そして、世の中は非情なもので、その小さな願いは叶わない。
「おい」
「はい」
恐ろしいほど静まり返った室内に、男の声がした。
たったひと言に対して返事があったかと思うと、祐羽の体から重みが去る。
カタカタと震えながら涙の滲んだ視線だけでそちらを見ると、ゴツくて怖い顔の男二人が竹中を持ち上げていた。
そして祐羽の視界から三人が消えると、代わりに別の顔が覗いた。
祐羽は驚きに目を見開く。
「…‼」
縮こまっていた祐羽だったが、覗き込まれれば顔を隠すことも出来ない。
「……女じゃないです」
覗いてきた男はそう言った。
表情は余り変わらないが、目だけ少し驚いている。
年齢は幾つ位だろうか?
いかにも仕事が出来ます、といった風情の男だ。
スーツの似合う男らしい容姿は、こんな場所でなければ憧れる。
この声からすると、どうやら初めに竹中へ声を掛けてきた人間だと分かった。
男は状態を起こし、後ろを振り返る。
「本当に女じゃないんです。あと、そういう意味でも竹中の女じゃないと思われますが…」
部下らしい男が説明をしている間にも、祐羽の不安は募る。
竹中を連れていった男が戻ってきたようだ。
いや、もしかすると別の男かもしれない。
グイッ
強面の男に体を無理矢理起こされる。
「ぅ…」
その力の強さに痛みを感じて声が漏れた。
間違いなく恐ろしい事が起きたと分かる室内に、目を向ける勇気はない。
祐羽は下を向いたまま頑なに目を閉じていた。
震える体は力が入らず、頭の中は絶望しかない。
ここで恐ろしい目に合うのだ。
殴られるのか、蹴飛ばされるのか、いや両方ともあるのかもしれない。
それとも、この場所でこんな事を起こした自分達を目撃した祐羽を消そうとする可能性もある。
ヤクザに違いない男たちを前に、何の力も持たない高校生の自分には、為す術もない。
祐羽は諦めの境地から、妙に達観している別の自分が居るのに気がついた。
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