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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 20

「不思議ね。この子、飛鳥の小さな頃にとてもよく似てる」 ルイの言葉にユウがそっと頷いた。自分では実感が湧かないけれど、記憶の中にある幼い頃の写真を思い浮かべれば、確かに面影があるような気がした。 サキのしたことは、赦されないことなのかもしれない。それでも、僕はそれを咎める気にはならなかった。 だって、サキの意思で生まれたこの子は、こんなにも希望に満ち溢れているから。 「……僕は、どうしてもサキに謝りたいんだ」 そう言葉を紡げば、ユウは何も言わずに踵を返した。向こう側へと数歩足を進めて立ち止まる。その前には、丸みを帯びた黒御影石が、夕陽を反射して輝いていた。 まだ真新しい墓だと、ひと目見てわかった。 僕もまた、一歩一歩足を進めていく。 この中に眠るのは、サキのほんの一部分でしかない。それでも、ここに魂が降りてくることを、切に願う。 亡くなったサキのもとを訪れることは、僕が恐れていた未来のひとつだった。それが現実となった今、僕はひどく神聖な気持ちでここに立っている。 「サキ……」 ユウの背中越しに見えるのは、鱗のように棚引く橙色の雲。夕闇が近づく空は美しく、西陽は煌々と僕たちを照らす。 サキを失ってからの僕は、昼の時間を拐うように訪れる夜に、幾度絶望を抱いただろう。 一旦瞼を閉じて、深呼吸をする。不意に踵を返す気配がして、息を呑む。 辺りの空気が変わるのを感じた。 再びゆっくりと目を開ける。そこに見えるのはクリスタルガラスのように輝く鳶色の双眸。 いつも僕を優しく映し出す、サキの瞳だ。 そう認識した瞬間、言わなければいけないとずっと思っていた言葉が、自然と唇からこぼれ落ちた。 「ごめんなさい」 口にした途端、視界がみるみると滲んでいく。 溢れる涙は次から次へと頰を伝い落ちて、僕のいる空間を濡らしていく。 螺旋を描きながら、再び世界は淡く融けていく。その境界は緩やかに崩れて、僕のいる場所とサキのいる空間を優しく結びつけた。 わずかな時間だけ、ふたつの世界が混じり合う。 「本当に、ごめんなさい」 言葉を紡ぐ度に、僕の目からは涙がこぼれていく。美しい鳶色の瞳が間近で僕をじっと見つめていた。懐かしいその眼差しに、胸が痛いほど締め付けられる。 物心ついた頃からずっと僕の傍にいてくれた、大切な幼馴染み。大好きで大好きで、たまらなくて。いつしかその気持ちは恋に昇華し、愛を結ぶようになった。 「飛鳥、大丈夫だ」 サキがそう言って僕に微笑みかけてくれる。だから僕はその優しさにもたれ掛かり、強く心に抱いていた願いを口にする。 「僕を……僕のことを赦してほしいんだ」 手を伸ばせば届く距離にいる。けれど、僕はそうしなかった。 触れてしまえば目の前のサキは即座に消滅してしまう気がしたから。 「ああ、赦すよ」 その一言で僕は救われて、清々しく浄化されていく。 夕陽は随分傾きを増し、世界は急速に闇のヴェールを纏おうとしていた。 夕暮れが僕達の姿を包み込む。 「……ありがとう」 感謝の言葉を口にすると、そっと頷くのがわかった。 深い海の底を闇雲に彷徨いながら、光り輝く水面を幾度見上げたかわからない。 「──飛鳥」 夕陽が彼方へと沈んでいくのが見える。今日もまた、夜が訪れようとしていた。 儚く美しいこの世界で、僕は来たる言葉に耳を澄ませる。 次の瞬間、鼓膜を優しく刺激するのは、懐かしくて堪らない響きの声。 「愛してるよ、飛鳥」 これまで呪詛のように僕に絡みついていたサキの言葉が、今は僕の心を解放していく。 煌めく螺旋が解けて、僕達に光が降り注ぐ。 過去を紐解いたどこかに、僕達の運命が切り替わる瞬間があるのだとすれば。そして、もしも時間を遡ることができるならば。僕は必ずその時まで戻っていたはずだ。 けれど今は、サキのいた過去を愛おしみながら、未来に臨みたい。 夜の帳が下りようとする中、僕は最後の言葉を伝えるために言葉を振り絞る。 ああ、この世界が閉ざされる前に。 どうしても、これだけは伝えたいんだ。 「僕も沙生を、愛してた……」 そして、清らかな闇が訪れる。

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