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act.5 Caged Kiss 〜 epilogue 2
大きな観葉植物が飾られた応接室で、俺は雄理と緊張しながら革張りのソファに座ってる。
「緊張する。大丈夫かな」
隣にいる雄理をそっと見上げると、膝の上に置いてる手に大きな手を重ねてくるから、心臓がバクバクと音を立てて鳴り出した。
昨夜したセックスを思い出して、また身体が疼いてくる。毎日してるのに、まだ慣れなくて俺だけすぐイっちゃうのがすごく恥ずかしい。
もしかしたら慣れとか関係なくて、俺たちはこの先もずっとこんな感じなのかもしれない。気持ちいいのは嫌いじゃないけど、負けてる感じがして複雑だ。
色々と思い出してるうちにどうしようもなく欲しくなってきて、身を乗り出して一瞬だけ唇を重ねれば、雄理が怖い顔で睨んできた。
「こんなところでその気にさせるな」
言うや否や、強く抱きしめられてキスされる。
「ん、ちょっ、ま……ンッ」
口の中を舌で弄られて、頭の中が一瞬で沸騰する。
うわ、脳みそが溶けそう。
「すまない、待たせたね」
扉が開いて、息を切らせた男の人が入ってくる。慌てて雄理を突き飛ばして離れたけど遅かった。
完全に見られた。恥ずかし過ぎて死にたい。
「ごめん、ノックぐらいすればよかった」
謝らないといけないのはこっちなのに、そう言って微笑むその人は見るからに誠実そうな雰囲気を漂わせていて、笑顔が本当に優しいと思った。濃紺色をしたジャケットの左胸には、金色のバッジが光る。
「初めまして。弁護士の高階要 です」
アスカからもらった名刺の人は、そう言って俺に手を差し伸べてくれた。
俺は、高階さんに自分の身に起こったことを全部説明した。
借金を返すためにデリヘルで働いてたことも、他人に言えたことじゃないけど、この人なら真剣に聞いてくれると思ったから包み隠さず話した。
「よく一人で頑張ったね」
高階さんは優しくそう声を掛けてくれた。きちんと受け止めてもらえたことに安心する。
「あの……俺、ちゃんと借金を払ってないのに、勝手に店を抜けてきたんです。俺が悪いのはわかってるけど、もうあの店には戻りたくないと思ってます。何かいい方法はありませんか」
そんなに簡単にはいかないだろうなと思いながらそう尋ねると、高階さんはにっこりと頷いた。
「いい方法は、あるよ」
雄理と顔を見合わせる俺に、高階さんは噛み砕いて説明してくれた。
「まず、ご両親の行方がわからないと言ってたけど、ご両親と一緒にいるという妹さんからは、少し前に連絡があったんだよね」
「俺が連絡を受けました。十日ほど前に」
雄理が答えると、高階さんは微笑みながら頷いた。
「じゃあ、ご両親はきっと大丈夫だと信じよう。親御さんがが生存している間は、保証人や連帯保証人になっていない限り、君がその借金を支払う義務はないんだ。たとえ実の子でもね。親子は財産法的には他人になるから」
そんなことを言われて俺はポカンとしてしまう。今までずっと、親が払えない借金を俺が払うのは仕方ないことだと思ってたから。
「それとね。話を聞いてる限り、その貸金業者は闇金の可能性が高い。ちゃんと登録されてる業者かどうか、こっちで調べてみるよ。金利も計算してみた方がいいね。もし年百九・五%を超える利息の貸付契約だったら、その業者は出資法違反、つまり犯罪行為をしているということだ。その契約は無効になるし、利息どころか元本も一切支払う必要はない」
高階さんの話を、俺は呆然と聞いてた。あんなに一人でうだうだと抱え込んでたのに、急に視界がパッと拡がって目の前に道が拓けた感じがする。
「ご両親と連絡が取れたら、そういうのも全部含めて債務整理を進めていこう。大丈夫だよ、力になるから」
その優しい笑顔を見てるだけですごく安心できて、本当に信頼できる人だと思えた。
でも、弁護士費用ってどのぐらいするんだろう。今までの俺には無縁の世界でよくわからないけど、高いっていうイメージしかない。
「あの……でも俺、お金がそんなにないんです。少しならあるけど、高いと払えないと思う。いくら掛かりますか」
恐る恐るそう申し出ると、高階さんは俺を安心させるような穏やかな口調で答えてくれる。
「全部片がついたら、そのときに考えようか。タダにするのは難しいけど、なるべく費用がかからないように所長と交渉するよ。お金は持っている人からもらえばいいと僕は思ってるから」
そう言ってもらえたことにホッとした。そこまでよくしてもらっていいのかなって、却って不安だけど。
隣に座る雄理の手をそっと握ると、しっかりと握り返される。
俺には幸せを求める権利なんてないと思ってた。何もかも失ったと思ってた。でも、こんな俺にも手を差し伸べてくれる人はちゃんといたんだ。
俺たちを交互に見つめながら、高階さんは語り掛けてくれる。
「法律は善良な人を救うためにあるんだ。僕自身には人を救う力はないけど、法律は人を救うことができる。法律を使って困ってる人の手助けをするのが、僕の仕事だ。だから遠慮はいらないよ」
真摯な言葉が、心の中に沁み渡っていく。
俺は何の気なしに大学の法学部を受けて、運良く合格したからそこに入った。今はまだ無理だけど、落ち着いたら大学に戻って、ちゃんと勉強してみようかな。
高階さんの話を聞いてると、そんな風に思えた。
「それに、アスカの友達なら尚更何とかしてあげたいからね」
「俺、アスカと友達ってわけじゃないんです」
俺はアスカのきれいな顔や、甘い匂いを思い出す。
キスもしたし、ちょっとエッチなこともした。あの四日間、アスカは俺の同僚で、友達で、家族で、そして。
「アスカは、俺を救ってくれた恩人です」
陳腐な言い方かもしれない。でも、籠の中に閉じこもってた俺をアスカが強い力で引っ張り出してくれたことには違いない。
「彼は元気にしてた?」
高階さんの穏やかな表情がますます柔らかな感じになって、ちょっとびっくりする。
俺はそっと思い出す。きれいで艶っぽくていい匂いがして、そしてひどく淋しげな表情をしていたアスカのことを。
「はい。でも淋しそうでした」
「そうか」
そう言って残念そうな顔をするから、思わず訊いてしまう。
「アスカとは、どういう関係なんですか?」
俺の問い掛けに昔を懐かしむような顔をして、高階さんはそっと教えてくれた。
「僕の恋人だったんだ。四日間だけね」
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