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「着いたよ、汐」
何か嫌なことがあった時、何かに迷っている時、いつも、俺はこの海に来る。
この景色が、この時間が、汐の哀しみの全てを癒やしてくれるとは思わない。
それでもここにいれば、もうこれ以上の哀しいことは、何も起こらないだろう。
「ちょっと寒いね」
俺が砂の上に座り込むと、汐も隣に座った。
汐を奪うとか、連れ去りたいとか、あれほど考えていたことが、今は、少しも頭に浮かばない。
今は…こうして二人で、ただ波の音を聞いていたいと思った。
「今日はさ、帰らなくてもいいんじゃない?」
汐は、驚いた顔をして少し悩んだあと、ふわりと微笑んで真っ直ぐに暗い海を見つめた。
俺はそれを肯定と受け取って、自分の上着を脱いで汐の肩にかけた。
「ありがとう」
そしてそのまま、汐が静かに泣くのを、俺はその肩を抱いたまま聞いていた。
汐にとって、俺がどんな存在だとしても、今この涙を拭ってやれるのは、俺だけだ。
今、汐を一人にせずにいられるなら、これが最初で最後の夜でもいい。
今日限りでこの想いを押し殺したっていいから…今日は、このままずっとそばにいたい。
それが出来るのは、俺だけだ。
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